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魚仏誕生—アジアの祈りを描く旅 第8回

彩蘭弥 


 

神々の祭り、マニリンドゥ(2)


 タンボチェ僧院で毎年行われるマニリンドゥは、年に一度チベット歴9月、太陽暦で11月の満月の前後に行われる仏教の祭りだ。祭りを執り行うのは修行を積んだチベット僧のラマのみ。この日のために周辺の山あいの村々から村人達が何日もかけて歩いてタンボチェ僧院までやって来る。標高3867mの場所に位置するタンボチェ僧院でエベレスト登山隊は加持祈祷をしてもらい、先へと進む。クーンブ地方で1番大きな由緒ある僧院だが、お寺と宿以外に人工的なものは何もなく、とても厳しい場所にあった。

 マニリンドゥの期間中、およそ1ヶ月間かけてラマ達は僧院内で様々な祈りを捧げるのだが、そのほとんどが秘技とされていて、外からうかがい知ることは出来ない。一般に公開されているのは全体の4日間のみ。

 日が暮れるとロッジの個室は凍てつくように寒くなる。なるべく部屋には戻りたくないので、大きな薪ストーブのあるダイニングで世界中から来たトレッカー達やネパール人ガイド達とおしゃべりをして過ごした。夜、ランプの光に照らされてぼんやりとオレンジ色に染まる僧院と、満月に当たって夜空に浮かび上がるヒマラヤが漆黒の闇夜に浮かび上がる。昼間とは全く違う荘厳な雰囲気に、一瞬息をするのも忘れ魅入った。明日の満月に向けて気合十分な月を前に、星々は少し遠慮気味。人間界と神々の世界の境目が無くなり、不思議な力が強まる満月。明日はついに祭りのメインイベント、〝チャン〟と呼ばれる仮面舞踏の日だ。


 翌朝5時半、ギシギシと鳴るベッドから起き上がる。思いつく限りの防寒具を着込んでダルマのようになっているので、ベッドから這い出すのにも一苦労だ。

 山全体に朝の祈りの音がかすかに届いている。神聖な気持ちで僧院を見上げていると、2人のネパール人の青年が僧院の中に入って行くのが見えた。祭りの期間中、僧院の本堂内は立入禁止とされているのだが、青年たちの後を追い、私もこっそりお参りに行くことにした。小ぶりだが荘厳な濃い祈りの空間。冷たく薄暗い本堂の壁や天井には隙間なく諸尊の絵が描かれていて、曼荼羅の中に入り込んでしまったかのようだ。中央には4〜5メートルはあろうかという黄金のブッダと本堂内部を囲むようにずらりとチベット仏画“タンカ”が掛かっている。紅い袈裟に身を包んだラマ達が一心に祈りを捧げていた。先ほどの敬虔な若いシェルパ族の2人組はニット帽を脱ぎ、バターで出来た灯明に火を灯し、五体投地を捧げた。ラマ達が次々と印を結ぶなめらかな手の動きや、鈴の音は私をうっとりと夢心地な気分にさせる。憑き物がとれたような爽やかな心持ちで本堂を後にした。

 外へ出るとそこには360度の雄大なパノラマが広がっていた。雲ひとつない、緊張感のある澄んだ空気。上品な紅掛空色の暁の空。思わず背筋がスッと伸びる。ゴーっという地鳴りのような音と微かな振動。そびえ立つヒマラヤという巨壁に世界を駆け抜けて来た風が当たる音。ここが〝風〟というものの突き当たりなのではないだろうか、ふとそんなことを考える。まだ太陽は姿を現さないが、地球の向こう側から堂々たるヒマラヤ山脈を黄金色に輝かせていた。遠くの峰々まであまねく光り、後光を背負って立ち並ぶ神々を思わせる。まさに神が仕立てた金屏風のよう。


 8時過ぎ頃、タンボチェ中にブォーンブォーンというチベタンホルンの音が響き渡りはじめる。祭りが始まる合図だ。最前列の地面に座り込み、スケッチブックを開いてスタンバイOK。本堂に向かってコの字型に二階建ての観覧席があり、三方から広場を見渡せるようになっている。広場の中央には目にも鮮やかな仏教五色のパッチワークの布が敷かれた台があり、その上に銀製のポットや皿やロウソク、そしてカラフルなトルマ(麦粉がしを練って作られた供物)が、幾つも並んで立っている。トルマは祭りの期間中、御神体としての役割も果たしているようで、よく見ると顔や腕、乳房や男性器を思わせるモチーフが作り込まれていた。このトルマ、実は岡本太郎の『太陽の塔』のイメージソースだとも言われている。


 さぁ!お待ちかね! ついに神々の舞が始まる!

 シャーン、シャーン。シンバルを持ったラマが1人、本堂から階段を下って出てきた。黄色いトサカのような帽子が晴れ渡る空に映える。観客席の屋根の上からはひょっこりとエベレストがのぞいていた。また1人、2人とシンバルを手にしたラマがゆっくりと躍り出る。ドンと地面を踏みしめ、土地の神さまに挨拶をしているかのようだ。会場の端の方で子供達がラマの動きを真似てクルクルと踊っていた。私はというと、彼らの動きを捉えようと夢中になって筆を動かしていた。ドキドキしながら夢中になって絵を描くとき、あぁ!生きてて良かった! と心から思える。激しい動きではないけれど、やはり一瞬のカタチを切り取るのは大変で、必死になってスケッチブックに齧り付く私は周りのちょっとした噂になっているようだった。

 結論から言って、マニリンドゥは壮大な密教縁起絵巻なのだ。マニリンドゥの祭りは、チベット仏教の開祖『グル・リンポチェ』どのようにして仏教を広めたのかという物語と、仏教の教えそのものを踊りで表したものだ。私達はラマ達の舞いによって、彼が何を伝えたのかを追体験することになる。チベット仏教圏でグル・リンポチェは、お釈迦さま以上と言っても過言ではないほど篤く信仰されている僧侶だ。僧侶といっても人ではなく、変幻自在にその姿を変え、私達を正しい道に導く存在。彼の冒険譚はとてもダイナミックなもので、そこに登場する個性豊かな神々が、今、私の目の前で極彩色の衣装に身を包み、舞い踊っている。

 両手を大きく広げたり、片足を軸にしてクルッと回ったり、聖杯に水を溜め、観客にかかるように舞いながら聖水を撒いたり、止まる事なく神事を続けるラマ達。特定のメロディーはなく、息の長さだけブォーンブォーンとチベタンホルンの音が鳴り、それに合わせてラッパや太鼓、金剛鈴で調子がつけられていく。

 ちょっとファニーな見た目の神もいる。それぞれ赤、白、青、緑のお面を付けた4人のキャラクターで、頭のてっぺんから旗が2本突き出ており、大きなでんでん太鼓を持ってピョンピョン跳ねるように舞っている。旗が長い耳に見えるので、なんだか怖い顔したウサギみたい。この子達はグル・リンポチェが忿怒相の時の付き人で、赤と白は男、青と緑は女なのだそうだ。

 2人の骸骨の神さまも印象的だ。この世とあの世を繋ぐ存在であり、火葬場の支配者でもある骸骨。この骸骨たちが腰をクネクネと動かし、ひょうきんな動きをすると地元民達の間に爆笑の渦が巻き起こる。この2人は一本の糸の端と端を持ち、その真ん中には20cmくらいの人型の人形がダラリとぶら下がっていた。するとバシッ!バシッ!とこの人形を地面に叩きつけはじめた! うーむ、なんだかバイオレンス…。これはどうやらツァンパで出来た悪魔人形らしいのだが、それにしても耳まで口が裂けてニタニタ笑ったような顔の骸骨が人形をいたぶっている様子は異様だ。

 ついに忿怒の形相のグル・リンポチェが現れた。吊り上がった目と鼻。赤い顔で歯を剥き出し、逆立った髪の間からはドクロが覗く。五鈷杵ごこしょ)を振りかざし、人々の煩悩を払拭しているかのようだ。


 お昼休憩を挟み、午後の部では沢山の振る舞いがあった。最初はチャと揚げ菓子、次にマンゴージュースと市販のクッキーやチョコレートなどのお菓子、次にヌンチャ(塩っぱいお茶)。そして米とヤクのチーズを混ぜて発酵させた物を奥様方がバケツにいっぱい運んできて、オタマでたっぷりとよそってくれた。ベタベタでかなりドギツイ発酵食品(のさらに向こう側??)の香りがする。顎のあたりがギュッとなるような酸っぱさで、かなりヤバイ味。うへへ、お腹大丈夫かな。

 広場では個性豊かな神々が休みなく踊り続けていた。勇ましい見た目の神は剣を持ち、殺陣のような動きもよく出てきた。目が潰れている青鬼のような神、リンガや弓を持っている神、赤黒い顔で3つの目を吊り上げ、歯を剥き出し、怒りの形相で観衆を睨みつけている神、空飛ぶ女神、ダキニ天もいる。山の強い日差しが世界に濃い陰影を施し、神々の色をより一層際立たせていた。まだ見ぬ極楽浄土の世界にグイグイと引き込まれてゆく。少しオドオドしながら先輩の動きについていく若いラマ僧が目に付く。彼に神が憑依するのはまだまだ先のようだ。


 暫くして2人の翁の仮面をつけたラマが現れた。ユーモアと狂気が入り乱れる、神々の“おあそび”の時間の始まりだ。昔話やお経に書かれた事柄を面白おかしく寸劇仕立てで行い信仰を教えるのが目的なのだが、そのやり方がヒヤリとするほど激しい。気をつけていないと観客席にいても怪我をしかねない。小さな子のいる親達は必死で我が子に覆いかぶさり守っていた。米やツァンパやお酒を撒き散らし、絶叫しながら観客席の間を走り回る翁たち! もう会場はひっちゃかめっちゃか!

 と、突然、翁に腕を掴まれる。ひぇ、油断した! 絵を描くのに夢中になり、逃げ遅れた私は大勢の観客達の前に引っ張り出されてしまった!


 えぇーーーーーーっっっっっ!!!!


 もうここは祭りの中心、ラマしか入ることの出来ない聖域。一体何が起きてるの!? 周辺の村人や、偉いラマ達や、村の権力者、観光客の視線が注がれる。カーッと顔が熱くなった。どうやら2人の神である翁との「おあそび」に巻き込まれたようだ。まずは酒。チャンと呼ばれる濁酒や、ヴォッカのような蒸留酒を浴びる。文字通り、ジャバジャバと頭から浴びたわけだ。食べ物を口に突っ込まれたり、翁と一緒になってツァンパを客席にばら撒いたり、お経で悪霊を呼び寄せて一緒に懲らしめたり、赤ちゃん人形でお葬式ごっこをしたり、ヤクの頭蓋骨を持たされて踊ったり歌ったり…。兎に角とてつもなく大変なエキストラ! シェルパ族の観客達からは大爆笑が巻き起こる。あれ?私、会場湧かせてるんじゃない? みんなヒーヒーお腹を抱えて笑ってる。もしかしてチベット寸劇の才能あるのかも〜!? 翁達は耳元で次々と指示を囁いてくる。

 「あのヒゲおやじにツァンパを投げつけろ」

 「あの可愛い娘を引っ張り出して来い」

 「今だ! 回って回って回って叫べーっ!」

 あまりの激務に逃げ出そうとすると、すぐに捕まって引き戻されてしまう。その様子すら大ウケにウケた。最初はゲラゲラ笑って見ていたパサンさんも私が足を怪我しているのを心配しはじめ、

 「その人、足悪いから気をつけて!」

 と言いながら聖域に近寄ろうとしたら、まさかの飛び蹴りを食らわされてしまった! 恐るべし翁っ!! 神に招き入れられた者以外、聖域に足を踏み入れる事は固く禁じられているのだ。

 長い長い拘束時間の後、ヘトヘトになって客席に戻った時はみんなに拍手で称えられたし、その後もトレッキング中、色々な人に声をかけてもらえるようになり、ちょっとした有名人になった。

 このパートのクライマックスで翁の1人が上半身裸になり、お腹で刀の上に乗るというパフォーマンスをした。裸で刀に乗っても刺さらない、死なない、このようなラマの神通力を見せつけ村人たちの信仰心を養うのだ。ラマの神通力を目の当たりにし、客席からはお金やカタ(祝福を受けるためのスカーフ)が次々と中央広場に向かって投げら入れられた。他のラマ達がせっせと籠に拾い集めていく。お布施をする事によって自分や家族の無病息災を願うのだ。

 その後、2人の仮面舞踏、4人の剣の踊り、黒い帽子の踊りを奉納し、最後にざっと今日のハイライトをおさらいするような踊りがあり、祭りは幕を下ろした。いつもなら午後になると雲に隠れてしまうエベレストも、今日という日は見逃せないと思ったのか、日暮れまでクッキリとその姿を見せてくれていた。


 祭りの余韻に浸りながらぼんやりとロッジまでの道のりを歩く。トワイライトの雄大なヒマラヤ山脈。この峰々に宿る神の世界をちょっとだけ垣間見れたような気がした。ロッジに帰り、ストーブの火に当たりながらチベット風きしめん、タントゥクをいただく。もっちりとした平打ち麺に野菜のお出汁が染み込んでいて絶品だ。 

 「おー寒い寒い!」

 なんて言いながらストーブの周りには人が集まり、膝を寄せ合って祭りの興奮を共有した。とっぷりと日が暮れて、天に星々が瞬き始めた頃、僧院では地元の人達による踊りがひっそりと始まっていた。再び手袋をはめ、帽子を被り直し、よしっ! と氣合を入れて木の扉を押し、外に出る。そこはもう地上ではなく、すっかり宇宙になっていた。体の芯まで凍ってしまいそうだ。山は今日も青白く光っている。

 足元に気をつけながらゆっくりと僧院までの坂道を登って行った。門をくぐり、僧院の広場に出る。昼間とは全く違う静謐な空気。先程までトルマのあった広場の中央には、お経の書かれた白く長細い旗が立てられていて、ハタハタと静かに風にたなびいていた。ぼうっと白く光っているようなその旗に吸い寄せられて、空を見上げる。広がる宇宙空間をまっすぐに突き刺す白いタルチョ。月明かりに照らされて天を刺す旗は、まるで宇宙の真理はここにありと示しているかのようだった。今日も昼夜を問わず、ヒマラヤの風はお経を読み続けている。

 広場にはティーンエージャーからお年寄りまでのシェルパ族が肩を組んで輪になって踊っていた。小さな子供達はもういない。女性パートと男性パートに分かれ、掛け合いのように歌が続き、その間も足を休めることはなく、少しづつ移動してゆく。

 「この歌が歌えなければ本当のシェルパではありませんし、この踊りが踊れなければ、これも本当のシェルパとは言えません。」

 と、いつになく誇らしげなパサンさん。

 「昔はみんな民族衣装を着ていたので、それはもう華やかでした!男達は鷹のように雄々しく、女達は色とりどりに着飾り、皆美しかったです。あぁ、あの頃の光景をお見せ出来ないのが本当に残念!」

 そう言って、同胞達の踊りを見つめる彼の目には、幼少期の記憶の中の豪華な民族衣装に身を包んだシェルパ族達が映っていたのだろうか。最初は10人くらいだった輪も、次第に人が増えて、どんどん大きな円になっていった。さっきまで一緒に他愛もない話をしていたチャラいガイドの兄ちゃんも、さっと輪に入り、慣れた様子でステップを踏んでいく。宿にいたガイドやポーターや宿のスタッフ達もいつの間にかゲストを放ったらかして僧院に集まっていた。その生き生きとした表情といったら! これが民族の血かぁ。ホッホッホとお腹の底から息を出すような独特の歌でみんなの心が1つになっていく。音楽もない、衣装もない、闇夜の静かな祈り。心にグッとくるものがあり、極寒の中、山の民達と身を寄せ合って神の世界に身をゆだねた。

 僧院を一歩外に出ると、ポンと宇宙に放り込まれたような錯覚がした。頭上は勿論、右も左も、足元までも漆黒の世界。密やかに瞬く命に囲まれている。まあるい月と天界の星々が、僧院から響いてくるシェルパ族の旋律に合わせて体を揺すっていた。あぁ、私たちの命は宇宙と繋がっている。チベットの人達はずーっと昔からそれを知っていたんだ。そうか、この世界は宇宙という曼荼羅なんだ! シェルパ族の踊りはその後明け方まで続いた。


 山を降りた今、本当にあの静寂の、祈りと雪山だけがある世界が存在していたのか、もう疑わしく思えてくる。エベレストに当たる、ゴーーーー という地鳴りのような風の音が頭から離れない。祈りの無力さを感じながら始まったこの旅も、生きた信仰というものを目の当たりにし、その美しさと力強さに圧倒されて終える事が出来た。祈ることに意味が無いわけじゃないんだと改めて気づかされる。この旅で出会った神々や人や動物や景色を、私は一枚の絵の中に閉じ込めた。下界の俗世から始まり、吊り橋を渡って徐々に山を登り、仏の世界へと近づき、最後にはヒマラヤ山脈を越えて解脱していく。そんなイメージ。

 マニリンドゥ参加中、実はずっと不思議な感覚があった。初めて見る祭りなのに、どこかとても懐かしい感じがするのだ。それは愛知県で見た霜月神楽の花祭りにも似ているようだった。アジアの祈りの心は遠く離れていても深いところで繋がっている。そう直感し、大きな安心感に包まれたのかもしれない。一見日本とはかけ離れたネパールの山奥で、日本人として、アジア人として表現すべきもののキッカケが掴めたような旅になった。








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