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魚仏誕生—アジアの祈りを描く旅 第20回

  • 彩蘭弥 
  • 11 時間前
  • 読了時間: 4分

彩蘭弥 


Infinite Iceland −炎のきつねと出会う旅−



 「火山が6,000年ぶりに目を覚ましました。」

 ある日テレビを見ていたら、大地から吹き上がる鮮血のようなマグマの映像が映し出された。2022年8月3日、アイスランドのレイキャネス半島にあるファグラダルスフィヤル火山が噴火したらしい。私はそのニュースに釘付けになった。


 「なんとしても今すぐここへ行きたい。全身で地球の熱を感じ、描きたい!」


 気がつけば航空券を手にしていた。結論から言えば、噴火を見ることは叶わなかった。私が地球の裏から駆けつけた時には真っ赤なマグマは、漆黒の溶岩に姿を変え、硫黄の臭気たちこめるモノトーンの世界が広がっていた。落胆した。しかし、その景色は想像をはるかに超えて力強かった。まるで波のように押し寄せたマグマが、そのままの形で固まっている。足元の大地はまだ熱をもって柔らかく、ところどころからガスが噴き出していた。風が止み、静寂が訪れる。耳鳴りがする。音にならない地球の唸り声が聞こえたような気がした。


 旅の始まりに肩透かしを食らったけれど、その後に待っていた光景は、そんな気持ちを吹き飛ばしてくれた。氷の洞窟、巨大な滝、大地の裂け目、そして鯨の群れ。自然がつくったとは思えない造形や色彩に、心が震えた。


 なかでも「オーロラ爆発」と呼ばれる天体ショーを目撃したときの衝撃は忘れられない。幸運にも1ヶ月間のアイスランド滞在中に私は何度かオーロラに遭遇した。今年は太陽の活動が活発だから、当たり年だと現地の方から聞いた。基本的には緑色のモヤっとした光の帯が遠くに光っているなぁ。くらいのものなのだが、そのうちの1回は趣が違った。四方八方から緑と紫の光のカーテンが、空を舞うようにうねりながら広がっていく。輝く龍の群れは瞬く間に夜空を覆い尽くした。色彩の美しさもさることながら、その立体感に私は驚いた。目の端から端まで広がる巨大なカーテンの下にいると言うか、神殿の柱を見上げているようでもあるし、とにかく実態として眼前に迫ってくる。映像や写真で見ていたオーロラのイメージとは全く異なっていた。日本に帰国してもしばらく脳裏に焼き付いて、ベッドで目を瞑るとこの情景が目の前に広がり、寝付けなかったほど衝撃的な光景だった。


 トナカイ遊牧民として知られるサーミ族のあいだでは、「炎の北極キツネ」が暗い冬の夜に走りまわる時、しっぽが雪をシュッと擦って火花が散り、それが夜空に舞い上がってオーロラになると信じられてきた。オーロラにまつわる逸話は北極圏の様々な民話や神話に登場し、どれも大変魅力的なのだが、私はダントツでこのサーミ族のお話が好きになった。あのとき見たオーロラは激しく揺らめいて見えたので、炎の北極キツネたちも凄まじい勢いで駆け回っていたのかもしれない。


 帰国後、その記憶を頼りに描いたのが「炎のきつね」という作品だ。アイスランド南部のレイニスフィヤラ海岸、通称ブラックサンドビーチで見た奇岩「柱状節理」の上に、夜空一面のオーロラと駆け回る二匹のキツネを描いた。「柱状節理」は六角形の柱が幾重にも重なってできた神殿のような巨岩で、火山岩が急速に冷えて固まる時、六角形に割れ目が生じ、幾何学模様になるのだそうだ。自然が作り出したとは思えないその巨大な構造物が不思議で仕方がなかった。


 作品の大きさはS40号(100×100cm)。和紙に「岩絵具」という、鉱物を砕いて作った自然由来の絵の具を用いて描いた。鉱物特有の煌めきが画面全体に広がり、現地で見た夜空の輝きをそのままの閉じ込めることが出来たと自負している。現在は武田製薬の研究所である湘南アイパーク内のブロードウェイと呼ばれる通路に展示されており、あの旅で感じた心の震えを、誰かと共有できることが何よりうれしい。


 また、現地で描いたスケッチも、その場の空気感を生々しく伝えるものとして重要だと考え、Zineというかたちで発表することにした。多摩美術大学出身の友人ふたりとともに、旅のZine『Infinite Iceland」を制作中だ。


 第一部『Wind of Himalaya』はネパールとブータン、第二部『Mystic Mekong』はラオスとカンボジア、そして今回の『Infinite Iceland』はアイスランドをテーマに制作し、旅のZineシリーズの集大成となる。もしお手にとって応援していただけたら、これほど嬉しいことはない。


 人生のステージが変わり、大切なものが増えてゆくけれど、今回の旅のように絵を描きたいという衝動のままに行動する自分を、いつまでも大切にしてゆきたい。





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ウェブマガジン「なぎさ」編集人

中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程単位取得退学。現在、NPO法人東京自由大学運営委員長、法政大学沖縄文化研究所国内研究員、中央大学政策文化総合研究所客員研究員、株式会社風と光代表取締役。主な著書に『韓国・朝鮮の近現代史と日本』(李熒娘編著、中央大学出版部、2025年)、主な論文に「寺山修司と沖縄―アンビバレントな眼差しをたどる」『知性と創造』(11)日中人文社会科学学会、「生と死をめぐる風景」『南島研究』(57)など。

背景画像:「精霊の巌」彩蘭弥

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