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魚仏誕生—アジアの祈りを描く旅 第24回

  • 3 日前
  • 読了時間: 6分

彩蘭弥 

なぜ火山へ行くのか、そこに火山があるからだ


 どうしてもマグマが見たい。

 なぜかと問われても、うまく言い表せない。けれど、とにかく真っ赤に燃える灼熱のマグマを体感してみたい。私は火山が大好きだ。

 この欲求は、ずっと私の内側で燻っている。『なぎさ』第20回に書いたアイスランドへの冒険も、テレビで火山噴火の映像を見て、居ても立ってもいられず日本を飛び出したことから始まった。だが残念なことに、地球の裏側まで辿り着いた頃にはすでに鎮火していて、マグマを見る夢は叶わなかった。

 今回は、そのリベンジとも言うべき旅である。2025年11月。私はアメリカ合衆国ハワイ州、ハワイ群島で最大の島「ビッグアイランド」へ降り立っていた。日本では「ハワイ島」の名のほうが馴染み深いだろう。オアフ島のワイキキビーチに代表される、常夏のビーチリゾートのイメージが先行しがちなハワイ。けれど実際のビッグアイランドは、世界でも指折りに活発な火山を抱えた、荒々しい大自然の島だ。とりわけキラウエア火山は1983年以降、現在に至るまで継続的な活動を続けている。いつでもどこかに薄い噴煙があり、ときおり大きく噴き上がる。以前訪れた鹿児島の桜島を思い出す。そのほか、地球上でも最大級の活火山として知られるマウナロア山も有名だ。

 成田空港を夜に出発し、約7時間のフライトでダニエル・K・イノウエ空港へ。国内線のハワイアン航空に乗り換えてコナ空港に到着した。到着ロビーの荷物受け取り場は、オープンエアになっている。南国の空の下、私のスーツケースがポーンと吐き出された。

さぁ、地球の息吹を感じる旅のはじまりだ。

 レンタカーを借り、島の反対側に取った小さなAirbnbのロッジを目指す。島とはいえ侮るなかれ、ビッグアイランドの名の通り、空港から宿までは休憩なしで車を走らせても2時間半ほどかかる。しかもこの宿はホテルではない。生活に必要なものや食料品は自分で調達しなければならず、慣れない土地で買い出しをしてから向かう必要がある。

 ロッジの名は「Lava Lookout」。キラウエア火山に飲み込まれ、人工物はおろか動植物すら焼き尽くされ、冷え固まった漆黒の溶岩の中にぽつりと立つ、辺境も辺境の地にある宿だ。秘境ハンターの血が騒ぎ、思わず予約してしまったけれど、辿り着くまでがまた大変だった。山を越え、嵐の中を突き進み、街を離れ、街灯ひとつない真っ暗闇の道を進む。やっとの思いで到着した頃には、すっかり日が暮れていた。

 宿は数部屋あるだけの、本当に簡易的な掘っ立て小屋だった。またいつ焼き流されても惜しくないように。そんな覚悟すら感じる。幾多の困難に文句は言いつつも、私の変態的なこだわりに楽しく付き合ってくれた二人の旅の仲間には、心から感謝している。

 この日は泥のように眠った。

 翌朝、日の出とともにスケッチブックを抱えて外へ出る。思わず息を呑んだ。波打つような黒々とした大地が、360度、見渡す限り続いている。すっかり冷え固まった溶岩だが、キラウエア火山から流れ出たその時を、しっかりと記憶していた。平衡感覚が少しずつ失われていく。サクサクとした触感が足の裏に伝わってきた。

 少し散策してみることにした。よく見ると溶岩の隙間からさまざまな植物が芽吹いている。不毛の大地に命が生まれていた。ふと顔を上げると、空に大きな虹がかかっていた。アロハ、こんにちはハワイ。

 車を走らせ、火山国立公園内にあるキラウエア火山の山頂カルデラ、ハレマウマウ火口を目指す。途中立ち寄ったメキシコ料理屋では、火口のライブ映像が流れていた。そこには真っ赤なマグマがチロチロと流れる様子が映し出されていた。期待に胸がふくらむ。

 ついに火口に到着。うんうん、確かに煙が上がっているな。展望台から噴火口まではとても遠いが、ここまで来られた喜びに浸っていると──

 ボンッ!

 火柱が上がるのが見えた。やったあ! 人生で初めて、念願の「マグマの噴火」をこの目で捉えた瞬間だった。

 その後も、おそらくマグマは流れ出ているのだろうが、いかんせん距離があるのと、山の天気が不安定で視界が悪く、ハッキリと見続けることはできなかった。それでもアイスランドの雪辱を果たした気がした。しかし、ひとたび見えてしまうと欲が出るもので、今度はもっと間近に迫力を感じてみたくなる。いつか震えるぐらいの体験をするまで、私はきっと満足できないのだろう。

 火山が作り出した洞窟を歩き、カルデラ内部のトレッキングをして、大自然を満喫して宿へ戻った。深夜、宿のオーナーが戸をノックする。

 「ちょっと外を見てみてよ」

 言われるまま真っ暗闇へ出てみると、空が赤く燃えていた。

 「え、あれ何ですか!?」

 「キラウエアが噴火していてね。ここからはマグマ自体は見えないけど、光が届くん  だ。火の女神ペレを感じるだろう?」

 闇の中で、茜色にゆらめく空。その光を、時間を忘れて眺め続けた。

 一夜明け、我々一行はまた車を走らせ、島の反対側へ向かう。マウナケア山の天体観測ツアーに参加するためだ。マウナケアは標高4,205mの休火山で、非常に空気が澄んでおり、世界11カ国が共同で天文台を設置する、世界有数の天体観測地である。一方で、現地のハワイの人々にとっては聖なる山であり、古くから信仰を集めてきた特別な場所だ。また、マウナケアは海底から隆起した火山であり、麓からの高さは一万メートルを超える。陸上に麓がある標高8,848mのエベレストを抜き、世界一標高の高い山だとする見方もあるそうだ。

 ツアーのミニバンは13時に待ち合わせ場所を出発し、途中、標高2,800mのオニヅカ・ビジター・センターで高度順応してから山頂へ向かった。到着した頃には、ちょうど海の向こうに太陽が沈もうとしていた。世界から集まった人々が写真を撮ったり、思い思いに過ごす中、私はこの一瞬を捉えようと必死に筆を動かしていた。沈みゆく太陽をまっすぐに見つめる。緑色の残像がスケッチブックに映る。気づけば、何人もの人が私の絵を覗き込んでいた。いろいろな言語でお褒めの言葉をいただく。旅する絵描きだけが知っている、至極の時間。

 みるみるうちに辺りは闇に包まれ、気温が下がってゆく。各国の天文台が屋根を開き、巨大なパラボラアンテナは命を吹き返したように頭をもたげ、これから始まる仕事に向けて首をぐるぐると回した。さて、ここでは日没後15分以内に観光客は下山することが義務付けられている。天体観測の妨げになる光、ライトポリューションを避けるためだ。名残惜しいが荷物をまとめ、そそくさと山頂を後にした。

 山の中腹でバンを降り、天体観測が始まる。望遠鏡を設置して、交代で月や土星を観測した。土星には本当に輪がかかっていた。まさかこの目で見る日が来ようとは。頭上を天の川が横断している。満天の星空に包まれる。日本の観測所の名前にもなっているスバル星団が、ハッキリと見てとれた。いつまでだって眺めていたいけれど、あぁもう限界。ガチガチと歯の根があわなくなってきた。手渡された温かいココアとBLTサンドに救われながら、私たちは下山した。車窓の向こう、夜空にオレンジ色の光がゆらめいている。火の女神ペレがまた目覚めたようだ。ここはハワイ島。火山と星が織りなす、地球の鼓動を感じる地。ビーチリゾートでまったりするのも素敵だけれど、大自然に心振るわせるのも、悪くないよ。




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背景画像:「精霊の巌」彩蘭弥

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