角谷郁恵
なぎさを織る
「なぎさ」の連載のお話をいただいた頃、私は裂(きれ)を織っていた。
機の前に座り、植物を染料として染め上げた絹糸を、一本一本織り込んでいくと糸という線は面になり着実に一片の、そして一巻きの裂になっていく。
色は織り重ねていくことで、混色され、糸単体が持っていた色は揺らぎ、うつろう。
歩みを進めるように"ふみ木”を踏み換えながら緯糸(よこいと)を織り込んでいく。
黙々と織り進めていくと、ふと、波打ち際に立っているような感覚が訪れる。寄せては返し現れる色の波、そしてその色や像は決して同じではない。
足元が砂浜に変わる。
海の近くで育った私に今も強く残る感触がある。幼い頃、裸足になり波打ち際に立って、水平線を眺めながら波音を聞いている。
すると、まっすぐと立っているはずなのに、波と一緒に海の方へと引き込まれるような感覚に襲われる。
足の指先から、砂がさらさらと流れていく。少しだけ怖くなる。今度は引き込まれないように、つま先に力を入れ、ぎゅっと踏みしめる。けれど、また波と一緒にさらさらと砂は溢れ、海の引力に身体はぐらぐら揺れる。
根付こうと思っても、根付くことができない、海の前で私は無力で、逆らえないものがあるのだとこの身体を持って感じる。
足元には、波に委ねて、ころころと転がる石。
ここで書くのは、絵を描いたり、染織をしたり、粘土を捏ねたり、まとまりきれない私の、苔もむさない転がる石ころのような日々のこと。
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