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気配を辿る日々 第5回

  • 永沢碧衣
  • 5月30日
  • 読了時間: 5分

交差する夢と世界

永沢碧衣



 2024年2月。秋山郷マタギのフィールドワークの中で、かつて“夢占い”をするマタギがいたという話を伺った。そのマタギは熊のいる景色や方角をよく夢で見たらしい。仲間のマタギが夢で見た場所へ足を運んでみると、実際に熊を授かることが多かったのだそうだ。厳しい自然環境の中で培った経験や知識。普段の生活での立ち振る舞いに加え、呪術的な儀礼や縁起もとにかく担ぎながら、人は熊と渡り合ってきた。その背景には、無意識下で見た夢の内容や天命も信じられ、全身全霊を注いで臨む狩猟において、最上の結果が求められていたという。

 マタギ語りを聞いたその日の夜、私は夢を見た。雪に囲まれた赤い川を、黒いイノシシが渡ろうとしていた。



 翌朝、リサーチの一環として狩猟現場に同行した。初めて訪れた場所だったはずなのに、夢と同じ光景が広がっていた。向かった先は大赤沢地区に流れる、硫黄が含まれた赤色の沢だった。さらに夢と同じように、ついさっきまで川を渡っていたような猪の足跡を見つけた。

 その後、移動距離を推測し、地元のマタギの方々とともに数人で巻狩りを実施した結果、足跡の主であるイノシシを授かることができたのだった。物理的に起きた出来事と、無意識下の想像の世界が、現場でリアルタイムに交差したかのような、初めての体験となった。



 地元に戻って迎えた2024年度の猟期では、近年個体数の増加や農作物への被害や問題視されている鹿の対策として、鹿猟の技術を学ぶために、岩手県を度々訪れ、狩猟仲間の元で経験を積んで行った。普段、地元の山でよく向き合う鳥獣と比べても、鹿は私にとってまだまだ見慣れない動物だった。何度も同じフィールドに通わせてもらえたことで、彼らがどのような性質で行動しているのかなどを自分の手足で確かめながら学ぶことが出来た。しかしながら、猟果としては何度も撃ち逃し、残念ながら今季は鹿を自ら得ることは叶わなかった。

 

 そして猟期も終わりに近づいた3月初旬。再び、獣にまつわる不思議な夢を見た。場所は何処のものともわからない雪山。山と山の合間に鹿を見つけて銃を構えるも逃げられ、悔やんでいるうちに、次は猪が現れた。何発か撃つのだが、初弾だけでは止められず、正面に向かって突進してくる猪の顔めがけて撃ち、ようやく倒すことができた…という内容の夢だった。

 夢で見た時点では、どこの場所の山なのかがわからなかった。岩手の鹿猟に何度も出かけていても、なかなか猟果をあげられずヤキモキしていた中で、猪を授かる夢を先に見てしまった。

そして、3月12日。地元の奥山で、実際に猪を授かることとなった。そこには夢の中と同じ光景が広がっていた。

 草むらから辛うじて見えた腹をめがけて初弾を撃った。突然の痛みに驚いた猪は走り出し、私は続けて2、3発撃った。それらの弾は当たらなかったが、どこから攻撃されたのか気づいたのだろう、猪は私を目指して向かってきた。迫り来る猪の必死な形相が脳裏に焼きついた。

 4発目が前脚に命中し、猪は倒れたのだった。

 山と山のあいだ。赤く染まる雪面に触れて、夢で見た場所がまさにここだったのだと悟った。



 この体験を絵にする際、初めて赤色の絵具を使い、血の表現を取り入れた。これまでの作品では、直接的な傷や血を描くことを避けてきた。それでも描こうとしたのは、彼女に矢をかけたのが災害や目に見えない環境変化などではなく、一対一で向き合った、紛れもない私自身であるのだという自覚が強まったためだ。

 今作では、最期まで駆け抜けた命の熱や底力を感じ取れるような表現を試みた。赤い血が雪に溶け、足跡として残る様子を前回の川床で採集したベンガラを用いながら描き、彼女の瞳に最後まで映り続けた私自身を血から得たプルシアンブルーを用いて描き進めていった。



「淵の声」2025.3

 

その器を割ったは私なのだ

心の臓を高鳴らせ

どこまでも追い求め

その殻を貫いたのが私なのだ

 

悟ったとたんに駆け抜けて

流れに逆らい食らいつく

 

もうすぐ濁る、小さな宇宙に私が映っている

もうすぐ冷める、湧き出る熱さを覚えている

 

個だったものが溢れだして

しだいに血潮が根を生やし

冷たい世界に穴を空ける

 

忘れてはいけないあの日の鮮紅色が

誰にも知られることはない空の叫びが

大地に解けていく


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 絵を描き続けているあいだ、毎晩のように苦しい夢を見ていた。内容の多くは、死や生への覚悟を問われるようなものだった。

 やっとの思いで絵が完成に近づきつつあった頃、最後に見た夢は、戦時中の銃撃戦だった。故郷が他国から攻められている防衛戦という設定で、私は人員不足のなか、猟銃の経験者枠としてなぜか軍に入隊している。敵が攻め込んでくるなか、遠距離からスコープで敵を捉え、何人かを狙撃して食い止めていたが、やがて銃撃戦に突入する。

 それまで、同じ人間同士が狙撃で命を奪い合う描写が何度も繰り返されていたが、ある一人の兵士と至近距離で対峙し、直接撃ち合わなければならなくなった瞬間、私ははっとした。

 顔を包帯で隠すように巻いていたその兵士が、隙間からこちらを睨みつける。その瞳の強さに、思わず恐怖を覚えた。

 その目は、雪上に倒れたあの日の彼女とまったく同じだった。

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背景画像:「精霊の巌」彩蘭弥

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