星の林に漕ぎ出でて—私の天文民俗学 第20回
- 2月4日
- 読了時間: 7分
出来事としての火球
中野真備
ほう、と息を吐くと、今度はさっきよりも高くまで白い靄(もや)が伸びた。
何枚も重ね着をした身体は動きにくく、肩まわりは布が溜まって不自然なふくらみがある。それでも、背中越しに地面からの冷気がじわじわと伝わってくるのを感じていた。もう何時間も、こうして仰向けに寝転がっている。
天体観測のためにどこかに出かけたのは、これが2回目だった。
大学3年生になってから、他大学の天文部に入った。複数の大学の学生が参加する、所謂「インカレ」サークルというやつだ(第12回)。
天文部の恒例行事のひとつに、年に何回かの天体観測合宿がある。部員のなかにはプラネタリウムが好きな学生、高校時代に天文部だった学生、天体写真の撮影が好きな学生など、さまざまなひとがいた。中には「なんとなく星がすき」で「他大学のいろいろな人と交流したい」という理由で入ってきた人もいた。
天文にあまり詳しくない私のような学生でも、同年代の「経験者」に教わりながら活動できる場は貴重だった。何事もそうかもしれないが、星はやはり直接観測するに限る。季節によってまったく違うものを観察できるのもいい。梅雨入り前にも合宿に参加したが、そのときは残念ながら天気に恵まれなかった。空気の澄んだ冬ならば、今度こそ美しい星空が観られるに違いないと、指折り数えて楽しみにしていた。
その冬、天文部が合宿先に選んだのは山中湖だった。ホテルや店舗の集まる湖畔からすこし離れれば、街灯もぐっと少なくなる。天体観測には街の明かりが少ないことが重要なのはいうまでもないが、標高が高いことも大きなポイントである。山中湖は富士五湖のなかでも最も標高が高く、天体観測には打ってつけだった。

クリスマスの夜、炊き出し組がカレーの調理をはじめた。給食でしか見たことのないような大きな寸胴鍋いっぱいのカレーも、食べざかりの大学生が揃えばあっという間になくなってしまう。サークル合宿といえば飲み会、とはならず、食べ終わった者からさっさと片付けて解散する。未成年が多いからというだけではない。むしろこれからがメインイベント、天体観測がはじまるのだ。
それぞれの部屋に戻り、ありったけの服を何枚も無理やり重ね着した。金のない大学生なので、機能性の高いアウトドアブランドの防寒着など持っているわけがない。今日はクリスマスだというのに、おしゃれもへったくれもない格好だ。「でも、クリスマスに星を観るなんていいじゃん」と誰かが言ったのを皮切りに、修学旅行のごとく「女子トーク」がはじまった。こんなにモコモコと着ぶくれしているのに、彼氏だデートだと話していることがだんだん可笑しくなってくる。
これ以上は着られない、というところまで重ねたころには、ほとんど身動きが取れなくなって誰が誰かわからないほどだった。首はパーカーのフードの上からマフラーでぐるぐるに巻かれ、右にも左にもまわらない。関節が曲がらないので、仁王立ち以外の姿勢がとれない。「準備できた?」と声をかける方も口元が埋まってもごもごしているし、答える方も振り向けないものだから、体ごとゆっくり回転する。まるでおもちゃの人形か紙相撲のようだ。
こうして私たちは、動かない手足を必死にちょこちょこと動かして裏の丘へ向かった。
合宿所の玄関を出ると、もうすっかり暗くなっていた。唯一、冷たい空気にさらされている目をぐるりと動かすと、息を呑むほど綺麗な星々が静かに瞬いていた。冴え渡る空気に「寒い、寒い」といいながら、真っ暗な道路を列になって歩いた。しばらくすると、なだらかな山の斜面にぽかんとひらけた広い台地のような場所に着いた。丘の上でぼんやりと動く黒い影は、先に「いいポイント」を見つけに行った先発隊だ。
丘に着くと、すでに何人かが寝転がって並んでいた。私たちもそれにならって銀マットと寝袋を敷くが、着ぶくれて身動きがとれない。仕方なく、どしん、と尻もちをつくように座り、動かない体を右に転がし、左に転がし、ようやく落ち着く体勢になった。隣の顔も見えない暗さでは、誰がどこにいるのかもよく分からない。ここでは、懐中電灯もスマートフォンも、光を発するものはすべて厳禁だ。
身体中に貼りつけたカイロがようやく熱をもちはじめたころ、暗闇に目が慣れてきた。ほう、と白い息を吐きながら、私はゆっくりと何度か瞬きをする。
星が降るような、とはこういう夜のことをいうのだろう。冷えた空気が肺に沁みこみ、身体が大地に溶けてゆく。電灯も建物もなく、山の影すら判然としない視界には、底知れない濃い闇と無数の星があるばかりだった。遠いのか近いのかもわからない星が、みな、しん、とこちらを見ていた。寝転んでいるというよりも、星空の真ん中に静かに浮いているようだった。
「ほら、冬の大三角。綺麗に出てるね」
「わぁ…、初めてちゃんと見られたかも」
左の少し離れたところから聞こえた部員の声がして、ふっと引き戻された。
「いま、よく見えるよ。タイミングがよかった。さっきまでガスってたんだけど」
星の探しかたは、どこか間接的で、表現が豊かだと思う。そのものを指差すことはできないし、自分が指した星も、見る位置が少し変わるだけで分からなくなってしまう。だから、伝えるのが難しい。「経験者」の部員たちは、まず手がかりとなる星の位置を「あっちの青白くていちばん明るいの」と共有する。そこから辿るようにして、星の位置や星座のかたちを示していくのだ。天体観測用レーザーポインターという便利なものがあるのだが、空気があまりに澄んでいると、その光線さえ見えにくい。うっすらとした光線がくるくると動きながら、誰かが星をたどって冬の星座を説明している。ふんふん、と聞きながら、私はゆっくりと移動していく星を眺めていた。
そのとき私はふっと目を離した、のかもしれない。正直なところ、よく覚えていない。
突然、周囲がざわめいた。
「わっ、わっ! わっ!!」
何が起こったのか分からず、私はひとり狼狽えていた。
「いまのマジでなに!?」
「死んだかと思った!」
「隕石? 火球?」
「あのサイズはそうそうないよ、これ、すごいよ!」
「やべー! マジでやべー!」
さっきまで寝転がっていた人たちはもう全員起き上がり、わぁわぁと騒いでいる。何か隕石のような火球のような、鮮烈な光が、こちらへ向かって流れてきたのだという。
でも、私は見ていなかった。
信じられないが、見逃してしまったのだ。
それから夜が明けるまで観測は続いたが、私が見逃した何かがもう一度起こることはなかった。

観測の夜明け
(みんな疲れていて集団で夢を見ていたのかもしれない、と思いながら撮った1枚)
合宿後、SNSには一緒に行った部員たちが、興奮したようにその大火球について書き込んでいた。クリスマスだけに、「聖夜にふさわしい一晩だった」などと投稿している者もいた(「いいね」がたくさんついていた)。
そんな大火球を見逃すことがあるだろうか、と思われるかもしれないが、私も同感である。私以外全員が嘘をついているのではないか、とすら思った。言いがかりもいいところだが、それほど信じられないことだった。性根が曲がっているのでこっそりあとから調べてみたが、どうやら本当に起きたことだったらしい。
専門家によれば、それはおうし座流星群の小天体の一部が、通常よりも地表に近い上空で燃えた火球だったそうだ[日本経済新聞 2014]。少なくとも満月程度の明るさがあり、さらには発光に合わせて轟音が響いたと証言するひともいたそうだ。
そんな一大イベントを、なぜ私は見逃してしまったのだろう。
その後も天文部では、「あの代の冬合宿では火球が見られた」と半ば伝説のように語られるようになった。まるで全員が怪奇現象を一緒に体験したかのような語られようである。見られなかった私からすれば、それは肝試しに出かけ、何か得体の知れない体験を共有して、なぜか結束して帰ってきた人たちを眺めているような感覚だった。
部員たちは火球の発生要因や明るさについて興奮気味に語り、参加できなかった部員たちは「そんなすごいことがあったなんて」と目を丸くした。そこで誰かはやはり、「あれは死んだかと思った」「命日かと思った」と冗談めかして言うのだ。
ほうき星が流れたら戦争が起こる、という俗信がある。もしあの冬の合宿の帰りに、何か災害や事故が起きていたら、誰かひとりくらいは火球を思い出したのかもしれない。不謹慎にもそんなことを考えてしまうほどの騒動だった。
あの火球は、単なる自然現象ではなく、出来事として共有されていったのだ。
引用文献
日本経済新聞「上空に「火球」、目撃例相次ぐ 関東や中部で」(2014年12月25日)<https://web.archive.org/web/20250628235223/https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG25HB0_V21C14A2CR8000/>(最終閲覧日2026年1月18日)


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