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星の林に漕ぎ出でて—私の天文民俗学 第17回

  • 中野真備
  • 7月29日
  • 読了時間: 5分

更新日:7月30日

工事現場で星座占い

中野真備


 私はただ、へぎそばを食べにいこうとしただけだったのだ。

 

 2年ほど、遠方の大学まで授業をしに出かけていたことがある。

 JR水道橋駅と地下鉄水道橋駅の乗りかえは、いちど地上に出なければならなかった。それがまたちょうど腹の空いてくる時間なものだから、ついふらふらと寄り道してしまうのだった。どちらかといえば籠りがちな生活のなかで、週に一度「どうせ地上を歩くのだから」と言い訳をして、ひとり気ままな時間を過ごすのが楽しみだった。


 この日は大学を出た頃からもう腹が減っていて、電車に揺られながら何を食べるべきかと胃袋に尋ねていた。焼き魚の定食もいいが、すこし気取ったパスタもいい。いっそ飲んでしまおうか。スマートフォンの地図をみただけでも、駅の周りには飲食店のマークがびっしり並んでいた。

そのなかに、へぎそばの店があることにふと気づいた。どうやら新潟県の郷土料理屋らしかった。子どものころに新潟で食べたへぎそばのつるりとした喉ごしを思い出して、唾を飲みこんだ。今日の夕飯はきまった。


 授業の手応えも悪くなかったし、今日は新しいお店を開拓できそうだ。頭のなかは勝手に某孤独な独身男性のグルメ系テレビドラマである。ひとりの時間のなんとすばらしいことか。


 遠くに「へぎそば」と書かれた提灯がみえてきた。夕飯にはやや早い時間とはいえ、おそらくここは所謂「飲める蕎麦屋」である。

 工事現場の横をいそげいそげ、と早足で通り過ぎる——と、見慣れないものが目に入って、足を止めた。


「へぎそば」屋に向かう道
「へぎそば」屋に向かう道

 ディスプレイだ。工事現場の壁に、ディスプレイがついていた。何かと思えば1週間の天気予報が映されていた。親切なものだ、と面白がってみていると、画面が切り替わった。

 かわいらしい12星座のイラストが並んでいて、上のほうに「今日の占い」と小さく書かれていた。天気予報はまだわかる。しかし、夕方の水道橋の飲み屋街でいったい誰が星座占いを気にするというのか。なぜここに星座占いを投影しようと思ったのか。いや、こうして足を止めてしまったのだから、少なくとも1人は無関心ではなかったということだ。


 別に気にしていない。気にしていないが、つい自分の星座を探してしまった。

てんびん座ではなかったことを喜ぶべきか
てんびん座ではなかったことを喜ぶべきか
総合運、星2つ
総合運、星2つ

 ポップなケンタウロスの下に、「総合運 ★★」という無情な文字が並んでいた。本日の私は「5段階中の2」、つまり中の下ということだ。


 なんとも微妙な気持ちになった。


 私は占い師に今日の運勢を尋ねたわけではなく、占いアプリで生年月日を入力したわけでもなかった。ただ、へぎそばを食べようと思って機嫌よく歩いていただけだった。それなのに急に「総合運2」と告げられたことに衝撃を受けていた。知らないひとに出会い頭に小突かれたような、ほとんど通り魔に遭ったようなものである。

 せめて「いま小突いたのはあなたが昨日こういう行動をしたからですよ」とか「このあと蕎麦屋でしこたま酒を飲めば運勢アップですよ」とか言ってほしいものだ。5段階評価を示すだけなんて、受け止めかたに困ってしまう。


 もやもやとしながら暖簾をくぐり、ちょうど空いていた席に座った。星座占いがなんだというのか。私はへぎそばを食べるのだ。


 突き出しの小鉢をつつきながら、災難だったと一息ついた。まさか工事現場を歩いていて、星座占いに「襲われる」とは思うまい。しかし考えてみれば、我々は朝のテレビ番組でも定期的に星座占いに「遭遇」している。「今日の最下位はごめんなさい、いて座のあなた!」と、なぜか申し訳なさそうに伝えてくれる女性アナウンサーの声は聞き覚えがあるだろう。


 人類学者の板橋作美は、『占いにはまる女性と若者』のなかで次のように表している。


 今日、占いは大量生産され、大量消費されている。具体的な数字をあげることはできないが、おそらく、これほど大量の占いが、しかも多種多様な占いがおこなわれている国は珍しいのではないだろうか。しかも、雑誌のように購買者が見るか見ないかを選択できる媒体だけではなく、電源を入れていればいやおうなく見てしまう。いわば公的な場であるテレビまでもが、公共放送を標榜するNHKも含めて占いを放送している。日本は世界に冠たる占い大国と言っても過言ではないだろう。 

[板橋 2013:15]


 以前、著名な占星術研究家のトークイベントに足を運んだことがあった。そのとき印象的だったのは、占いの結果の受け止めかたについての話だった。つまり占いには、過去のことを「あれはそういうことだったのか」と納得させることと、これから何か行動するための背中を押してくれることの大きくふたつの役割があり、受け手は占いをきっかけとして気持ちを整理したり方向を決めたりすることができるというi)


 占いの結果の受け止めかたについてのこのような解釈は、占い好きな友人たちをみていても頷けるものがある。私も「占い大国」を生きるひとりとして、予期せぬ占い(結果)に遭遇した際の受け身の取りかたとして大いに参考になる。


 しかし、だ。


 「総合運 ★★」からいったい何をどう解釈したらいいのか。

 私は今日それなりにいい1日だと思っていたのだが、中の下だったとは。模試で90点をとって喜んでいたら横から「200点満点だよ」と言われたような気分である。

 あるいは、これで星2つならこれから訪れうる星3つ以上の日はどれだけ素晴らしい1日になるのかと期待に胸を躍らせるべきかもしれない。占い解釈に私がもう少し慣れていれば、このなんとも言い難い結果をも読み替える工夫ができたのだろう。


 いずれにせよ結局こうして内省しているのだから、それだけですでにあの星座占いの意味があったともいえる。それなら、やはり今日1日は悪くなかった。


 ただ、できれば今度は味わってへぎそばを食べたい。

 そんなことを思いながら、最後の一口を星2つごとつるりと啜った。 



引用文献

板橋作美『占いにはまる女性と若者』青弓社 2013

i) 当時のトークイベントの講演録は私のメモ以外に残っていないが、これに類する話が掲載されている以下のインタビュー記事を参考までに示しておく。

「VOL.2 【鏡リュウジさんインタビュー】当たる、だけじゃない。心を整える占い活用術」Harumari TOKYO. 2021 <https://harumari.tokyo/72610/>(最終閲覧日2025年7月6日)

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