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星の林に漕ぎ出でて—私の天文民俗学 第13回

天変地異を「確かめる」

中野真備


「明日の夜、ペルセウス座流星群なんだって」


 X(旧Twitter)で「おすすめ」されてきた投稿を見た。

 高性能なアルゴリズムのおかげで、私の最近の「おすすめ」欄はとても充実(?)している。1週間で腹筋を爆誕させる方法、埼玉県に行ったらこれを食べておけ選手権、うっすら知っている研究者のぼやき、アフィリエイトに誘導されるであろうインテリア雑貨。完全にAIに踊らされている。


 そこにペルセウス座流星群が食い込んできたものだから、誰かに言いたくもなる。


 「今日からでも見えるけど、12日の月曜日の深夜が極大なんだって」

 「へえー」


 ペルセウス座流星群。

 日本では、しぶんぎ座流星群、ふたご座流星群にならんで三大流星群に数えられている。もっとも活発になる時期がお盆の直前にあたるので、夏休みの自由研究にもってこいのありがたい天体観測イベントだ。













(左)地球が彗星の軌道を横切るときに流星群が出現する 

(右)ペルセウス座流星群と、北東にある放射点

[国立天文台(NAOJ) Webサイト]


 そもそも流星群とは、1年のある決まった時期に出現する一群の流星のことをいう。それをなぜ「2024年は8月12日の深夜に極大」などとピンポイントに予測できるのかというと、彗星と地球の動きが関係している。


 彗星は、太陽の周りを一定の速度でまわっている。彗星の軌道には、無数の塵の帯が残る。

 この軌道上を、地球は毎年ほぼ決まった時期に通過する。地球は、彗星の通った跡に突入して大量の塵の粒と衝突する。衝突したエネルギーで塵は発火して燃え尽き、流星となる。

 地上からは、その突入地点を中心として一群の流星が放射状に降ってくるようにみえる。


 余談だが、流星群と放射点の仕組みは、砂ぼこりを巻きあげて走るトラックの後ろを通ったら、すべての砂粒が自分に向かって飛び込んでくるような感覚に似ていると思う。たまたま塵が燃え尽きるようすが美しいというだけで、なぜこれほど盛り上がってしまうのだろう。


 ともあれ、こうして地上にいる我々は、毎年ほぼ決まった時期に、決まった方角を中心(放射点)として流星群を観測することができる。「ナントカ座流星群」というのは、放射点の方角にある星座の名前に由来する。上の図のようにペルセウス座流星群は北東に放射点があるが、流星群は基本的には空全体で広くみられる。

 

 

 極大、つまり流星の発生がもっとも活発になるのは明日の深夜だというが、今日も少しはみられるだろうか。

 「今日は流星をたくさんみられる日だ」と思っていると、いつもより空が気になった。

 まだ夜も更けていないのに、夕空をたまたま真っ直ぐ飛んでいる、鳥だか虫だかの影にさえ反応して、つい目で追ってしまう。

 原稿に頭を抱えているうちに気づけば深夜になり、集中力も途切れ、ますます外が気になってきた。


 もう行くしかない。私は行くぞ。

 仕事も終わっていないのにキリッとした面持ちで立ち上がった。


 一緒にいた友人も、仕事が煮詰まってきたらしい。

 丘の上にあるコンビニのアプリを開いて、数時間以内に使わなければいけないクーポンを2人で発行する。口実を手に入れた我々は、有効期限があるから仕方ないとばかりに、いそいそとサンダルに足をつっこんだ。

 

 ひらけた丘の上ならきっと星もみえるだろうという期待に反して、住宅の灯りや道みちの街灯がどこまでも眩しいことに気づく。クーポンで買ったコーヒーを飲みながら、公園のベンチに腰かけて空を見あげてみた。木々が街灯をさえぎり、ぽっかりあいた空をまた鳥だか虫だかわからないものが飛んでいる。


 月のひかりを抱えた雲が薄く広くたなびいて、空はぼんやりと白んでいた。次第に目が慣れてきても、もやもやした空のなかにいくつかの恒星を見つけただけだった。

 「まぁ、本番は明日らしいからね」と誰に向けてかわからないような言い訳をして、その日の観察はあきらめた。



 さぁ今日こそは、と迎えた月曜日の夜。


 ペルセウス座流星群観測のYouTubeライブ配信を流しながら、ひとまずパソコンに向かって終わらない原稿を書く。


 北東側のベランダから身を乗り出すと、雲がゆっくり動いているのがみえた。反対側の部屋の窓は、雲がまだ少ないかわりに放射点付近は屋根に隠れてしまう。一長一短だ、と思いながら、ベランダに出てみたり、腰高窓に座ってみたり、せわしなく居間を往復する。その合間で、少し原稿に取りかかってはまた窓を行ったり来たりするが、なかなか雲が途切れない。

 その間も、ライブ配信では日本各地でペルセウス座流星群を観察中の視聴者からのお便りが読みあげられていた。「こちら◯◯県ですが、見えました!」と聞こえるたびに、それならここだって見えてもおかしくないのに、とそわそわする。ときおり、何かがスッと空を横切るのをみて「あっ!」と声をあげるのだが、それが流星だったのかなんだったのか確信が持てずにため息をつく。


 次第に分厚い雲がすっかり覆ってしまった。こうなると、よっぽど暗いところで何時間も見上げて待機しないことには難しいだろう。諦めてまた別の生配信をなんとなくみていたとき、パッと見慣れない不思議な色の空が映った。


 小さなスマートフォンの画面のなか、深い森の向こうからプラムのような赤紫色が星空に溶け出して、その濃淡は怪しくゆらめいていた。静かに変化する色から目を離せないでいると、画面の端をスイッと光が走った。


 流星だ。

 わかりやすく、流星だ。


 トトッと画面にふれて数秒まき戻すと、また流星がスイッと走った。

 きれいな光の筋だ。

 

 2024年8月12日は、ペルセウス座流星群に加えて、オーロラを同時に観測できるという、非常に珍しい現象が起きたのだ。通常、オーロラは高緯度の地域でしか観測できないが、今年は太陽フレアの影響により、北海道など低緯度の地域からも観ることができた。


 できれば流星は自分で見つけたかったのに、スマートフォンであっさり見てしまった。しかしオーロラを背景にした流星なんぞ早々お目にかかれるもんじゃあない。なんともいえない複雑な気持ちになりながら、またトトッとまき戻してみた。


 ライブ配信からは、一生に一度あるかないかという貴重な瞬間に沸き立つ声が流れてくる。私は昨日から和室でゴロゴロしながら仕事をして、たまに外に出たり、窓とベランダを行ったり来たりしているだけだった。あの灰色の雲の向こうにみえたのが流星だったのかもわからない。


 それなのに、はるか遠い北の大地のオーロラを横切る星をみた。

 日本各地のどこで1時間あたり何個の星が流れているのかも知った。

 まったく知らない、何百人ものどこかの誰かと同時に、この空をみた。


 私は今日、流星群を「確かめ」ようとしていたのかもしれない。

 発生する時間と方角も事前に調べた。天候にめぐまれないとみるや、ライブ配信で日本全国の様子を見聞きした。その作業は、ペルセウス座流星群という現象が本当に発生していることを確認するまで続いたのだ。ただ、同時に発生した低緯度オーロラのことはよくわかっていなかったし、流星群についてさえ「そういえばなんでそうなるんだっけ」と思うところもあった。何より、都市部の冷房の効いた快適で明るい部屋という、観測に適した環境からはおよそ真逆のところにいた。


 ちなみにこの日、日付をまたいだ深夜3時頃でもまだ見られる可能性があったのだが、仮眠をとったらそのまま朝になっていた。それを悔しくも感じなかったのは、遅くまで仕事をしていたらしい友人が「見てみたけど曇っていた」といったせいか、あるいは前日にもう確かめ終わっていたからか。


 端的にいえば、今日はオンラインで星空観光をしたのかもしれない。

 観光者は、真正性を求めて観光地に行くのではなく、本来の自然や文化の文脈から離れたものを確認しに行くのだ、という議論がある。まさに、地域のことは何も知らずに、ただSNSで知ったペルセウス座流星群を確かめようとした私のようにだ。しかも、確認しに「行って」すらいない。徒歩5分のコンビニに行っただけだ。


 不夜城とはいわないまでも、都市周辺の夜景はいっそう明るさを増している。美しい星空を眺めるなどということは自然豊かな地域への旅、あるいは幼少期の思い出のように語られることも少なくない。今や日本の人口の7割が天の川を鑑賞できない地域に居住している。夜景の綺麗なレストランで眺めているのは、星の輝きではなく残業の照明だと皮肉をいったのは誰だったのか。

 

 街が眠らなくなるにつれて、星はみえなくなった。都市の成長と天文教育の高まりともに、郊外にプラネタリウムが建設されていった。一方で、みえなくなった自然を確かめにいくかのように、人々は星空の美しい地域へと観光に出かける。


 家を抜け出して流星群をみようとしたあの頃(第1回)、ライブ配信で「確かめにいく」ことなど、思いつきもしなかった。コロナ禍にオンラインツールが一気に普及したことも、こうした新しい「天体観測」につながっているのだろう。


 ある日とつぜん、空を覆うほどの無数の星が降ってきたら、何も知らない地上の人間はさぞかし驚いたことだろう。

 ただ流れてくるままに情報を享受して、待ち構えた奇跡の天体観測イベントを手のひらの画面で満足するまで何度もまき戻しながら、自分にはもう味わうことのできない感情をうらやましく思うのだった。

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