「故郷」を感じる食事
川口真子
人が「故郷」を感じるもので欠かせないのが「食」。
今日は、ブータンの食事と「故郷」について、考えてみたい。
ブータンの食事と言われて、思い浮かぶものがあるだろうか。
南北をインドと中国という大国に挟まれながらも、その内容はなかなか独特なものである。
まず、主食は米だ。老若男女を問わず、朝、昼、晩、3食山盛りの米を食べる。パンもあるが、「米とパンとどちらが好きか」と聞けば、ほとんどの人が「米」と答えるだろう。
ブータンの人が米を好む理由は、おかずにある。
ブータンでは、唐辛子がよく食べられている。よく、というより毎食だ。
それも、スパイス程度に入っているのではなく、唐辛子そのものが主菜として扱われるのである。
(左:米の種類も多いが、とくに有名な赤米)
代表的な料理をいくつか紹介しよう。
まず、ブータンのソウルフードである「エマダツィ」。「エマ」は「唐辛子」、「ダツィ」は「チーズ」である。その名の通り、唐辛子をチーズで煮込んだ料理で、いつでもどこでも食べることができる。
この「ダツィ」料理は、野菜を変えるだけで、いくらでもレパートリーが増えるので、自炊の味方にもなる。ちなみに私が1番好きなのは、豆を入れた「セムチュン(豆)ダツィ」だ。
(左:エマダツィ、右:ケワ(じゃがいも)ダツィ)
次に、肉と唐辛子を炒めて作る「パー」料理だ。特に人気な「パー」は、豚肉を使った「パクシャ(豚肉)パー」だ。日常でも食べるが、お正月やお祝いのときには欠かせないごちそうになる。
(ノシャ(牛肉)パー)
最後に、ブータンのファストフード、「モモ」。
これは、周辺国にもあるので、知っている人も多いと思うが、ブータンのモモは、スープがなく、「エゼ」という唐辛子のペーストをつけて食べる。
肉のモモだけでなく、ジャガイモやチーズのモモもあり、どれも安くておいしいので、おすすめだ。
(左:左がチーズモモ、右が牛肉モモ)
(右:ピクルス風のエゼ。エゼはペースト状とピクルス風がある)
こう見てみると、唐辛子料理ばかりで、なじみにくい気がするかもしれないが、ブータン料理は調味料がシンプルなので、意外と日本人には親しみやすいと思う。
調味料は基本的に油と塩のみを使う。だから、新鮮でおいしい素材の味が味わえる。
もし挑戦してみたい人がいたら、東京に2,3軒、ブータン料理のレストランがあるので、試してみてほしい。
日本はお正月を迎えたので、ブータンのお正月料理も紹介しておこう。
各家庭でごちそうを作るので、料理はそれぞれ異なるのだが、お正月の朝に必ず作られるのが、「トゥッパ」と呼ばれる「お粥」である。
このお粥は私がブータンで1番好きな料理だ。
鍋にご飯をほぐしてから、「パニール」というチーズを入れ、塩、油、粉末唐辛子を加えて作る。初めてこの「トゥッパ」を見たとき、お粥にチーズが入っているのに驚いたが、これがはまってしまうおいしさだ。ブータンのお正月は、朝起きて、家族みんなでこの「トゥッパ」を食べることから始まるのである。
さて、長々とブータンの料理について話してきたが、本題に戻そう。
ブータンの食生活は、日本人の私にとってはとてもシンプルだ。
日本に住んでいたときは、少し移動すれば、すぐに何か食べられるし、選択肢も多かった。だからこそ、1回1回の「食事」という行為を雑に済ませてしまうことがあったように思う。
しかし、ブータンへ来て、生活してみると、町から少し離れれば、ブータン料理以外を食べられる場所はほとんどないし、かといってブータン料理の種類もさほど多くない。
それなのに、ブータン料理を食べると安心する。それは、料理だけでなく、食事の空間がそう感じさせるのかもしれない。
例えば、日本では忙しいとき、隙間時間があれば、一人でインスタント食品を食べたり、レストランやカフェへ行って簡単に済ませたりすることも多いだろう。
しかし、ブータンでは一人で食事することがほとんどない。レストランへ行っても、ブータンの人が一人でご飯を食べている姿を私は見たことがない。このことからもブータンの人々が「食事」というイベントを大切にしていることがよくわかる。「食事」の時間は、家族や友人など、好きな人たちとおいしい料理を味わい、時間を楽しむ大事な時間である。
その時間を、一人で過ごし、しかも簡単に済ませるなど、ブータンの人にとっては、考えられないことらしい。
私は今、ブータンの人とシェアハウスをしている。そして、仕事の期間も学生寮に滞在しているので、食事は常にだれかと一緒だ。
家族や日本の友人と長く離れても寂しさを感じないのは、ブータンの食事風景が「家族団らんの食事」を思い出させてくれるからなのかもしれない。
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