top of page

幸せのありかを探して 第13回

  • 川口真子
  • 5月1日
  • 読了時間: 5分

更新日:5月2日

文化を守り、国を守る

川口真子


 日本からブータン王国に戻り、もう何章目かも分からないブータン王国での生活が始まった。

 長年住んでいた首都を離れ、ここ数年はプナカという古都に住んでいるが、今春プナカに戻って早々、プナカでのお祭りがあった。


 ブータンでは、ブータン歴の毎月10日に各地でツェチュと呼ばれるお祭りが行われる。お祭りと言っても、その内容はブータン王国に仏教を伝えたグル・リンポチェに捧げる法要である。


 ツェチュでは、仏教説話や伝説、歴史が仮面舞踊や民謡などで表現され、だれもが楽しみながら仏教や国について、理解を深めることができる。


 私が住んでいるプナカは歴史的にも重要な土地で、グル・リンポチェに捧げる演目だけでなく、ツェチュの直前のドムチェという期間には17世紀にブータン王国を統一したシャブドゥン・ンガワン・ナムゲル(以下シャブドゥン)の歴史と、彼とチベット軍との戦いが再現される。


 ツェチュの演目は、通常、地元の僧侶や農民によって披露されるが、ドムチェで行われる戦いの演目に参加する戦士(パザップ)は、首都ティンプー及びプナカの各地の旧家から選ばれる。








 


(左:プナカツェチュの一場面。シャブドゥンがブータン王国の地にやってきた場面)

(右:パザップの衣装は男性用民族衣装ゴの上に、女性用民族衣装のテゴというジャケットである)


 さて、ツェチュは代表的なブータン文化であるが、今回は、ここ数年より顕著に感じられる、ブータン王国の国の守り方について、考えて行きたいと思う。


 ここ数年、世界的にも決して「平和」とは言えない状況が続いている。日本にいるときは、どちらかと言うと経済的な厳しさを感じることが多かったが、ブータン王国にいると、「国防」(国を守る)ということが身近に感じられることが度々ある。


 例えば、ブータン王国はインドと中国という2つの大国に挟まれている国であるため、国境に関する会合が定期的に開かれたり、事件が起きたりすることもある。また、上記のドムチェの内容のように、外部からの侵略軍との戦いの痕跡やモニュメントなどが身近にあったりする。


 現在は、もちろん戦争はないが、いつ何が起きてもいいように、と国王のプロジェクトとして様々な取り組みが始められている。


 まず、以前から度々記事にも話題が上がっているが、2011年から始まった「デスップ」制度だ。「デスップ」は軍隊ではなく、どちらかというと国のために従事する、いわば有志のボランティアというような団体で、国内のインフラ整備だけでなく、災害やコロナ禍の救助活動などを行っている。また、それだけでなく、軍と一緒に北部・南部の国境警備や軍事訓練も度々行われており、万が一の事態に備えている。デスップは、年齢制限がないため、公務員や内閣、大臣たち、また国王陛下の兄弟も参加している。


 次に、昨年秋から始まった「ゲルスン」制度である。これは、日本の高卒であるクラス12が終わった学生たちが3カ月の訓練を行うものである。この訓練では、行動規範を学ぶだけでなく、軍事訓練や生涯スキルを学ぶクラスも含まれている。まだ始まったばかりで、訓練後の活動範囲は広くないが、既に先日のミャンマー地震の救援活動に、デスップと共に派遣されている。


 特にゲルスン制度は新しいため、始まる前は否定的な意見もあったが、訓練開始後はその充実した内容や、国王がほぼ毎月のように訓練所を訪問し、感謝と激励を送り続けている様子が伝わり、今ではゲルスンに参加できることが若者の中で誇らしいこととなっている。

(ゲルスンの訓練所は全国に4か所ある)
(ゲルスンの訓練所は全国に4か所ある)

(フィジカルトレーニングだけでなく、エアロビクスや柔道なども学ぶ)


 このようにフィジカル面で国を守るシステムは現在も発展途中であり、これからより精査されていくと思われるが、同時にブータン王国で国を守る上で重要視されているのが、「文化を守ること」である。

 大国に吸収されてしまった国々の歴史から、国を守るためには自国文化を失くしてはいけないということを学んだブータン王国は、今でもディグラムナムジャと呼ばれる礼儀作法を幼少期から学び、学校や会社、参拝などのドレスコードは民族衣装を正装としている。


 現在、国内外から、ブータン王国の若者の海外流出やゾンカ語率の低下などから、若者たちの愛国心の薄れが問題として取り上げられることが多いが、国内にいると、必ずしもそうではないように感じる。

 若者たちが大好きなTikTokやInstagramでは、民族衣装で撮影されることが多いし、仏教的な祝日には進んでお寺に行ったり、国民行事の際にはSNSなどで文化を紹介したり、など、伝統と現代の文化が自然と融合しているのがとても興味深い。


 私は仕事柄、ブータン王国の若者たちと触れ合う機会が多いため、彼らの国に対する気持ちをよく感じ取るのだが、コロナ禍以前は、早く海外に出たい、という若者が溢れていた。しかし、コロナ禍に国王が最前線で働き続けていた姿や、ブータン王国の魅力を海外に広めるための観光庁の取り組み、そして、いよいよ始まる「ゲレフ・マインドフルネス・シティ」など若者が改めて「自分の国って、すてきだな」と思える取り組みが国中で行われていることで、若者の心がまたブータン王国に戻ってきているように感じている。


 今、私は上記デスップのために始められた「スキリング プログラム」の日本語コースを担当している。このスキリング プログラムも、国王が、国のために従事したデスップに将来活用できるスキルが学べる機会を与えたいと始められたものだ。世界中から、その分野の専門家たちが集まり、ブータン王国の若者たちに専門知識と技術を共有している。我々外国人専門家は、定期的に国王から将来のビジョンや若者に技術を与えることの重要性と可能性についての訓示を受ける。国王の話を拝聴する度に、何とか力になりたい、と心から思うのだ。


 そして、小国ながらも独特で美しい文化を持つブータン王国という国を、ブータン王国の人々と一緒に守っていきたい。

Comentários


Não é mais possível comentar esta publicação. Contate o proprietário do site para mais informações.

背景画像:「精霊の巌」彩蘭弥

© 2022 なぎさ created with Wix.com

bottom of page