「故郷」を感じる風景
川口真子
私がブータンに来て、最初に「故郷」を感じたのは風景だった。
第1回の記事でも述べたが、着陸前、飛行機の窓の外に広がる山々、そして田園風景に、ホッと心が落ち着いたことを今でも鮮明に思い出す。
私はそのような風景に馴染みがあったわけではない。むしろ日本ではほとんど見たことがない風景かもしれない。
それでも「故郷」を感じるというのは、不思議なものである。
かつて、先祖がこのような風景の中で暮らしていて、その記憶が、私の心の奥に留まっているのだとしたら…。
ちょっぴりファンタジーだが、素敵な話だ。
今日は私がブータンの中で最も「故郷」を感じる風景を共有したい。
ここは、標高3,000メートルほどの谷地に広がる村で、私がブータンで最も美しいと思っている場所だ。
この村はオグロヅルが飛来する土地でもあり、村に電気を通す際には、環境保全を取るか、便利さを取るか、という議論が行われたことも有名である。
現在は、電線を地下に埋め、環境を守りながら、人々の生活も便利になっている。
とはいえ、この村での生活は、ブータンで一般的な農村の生活である。
電気の使用は必要最低限、お風呂やシャワーなどはなく、どうしても洗わなければならない食器などは水で洗う。標高も高く、谷地であるため、冬はひどく冷え込むが、ヒーターなどはないため、家族が集まる部屋にある「ボカリ」と呼ばれる薪ストーブで、体を温める。
都会暮らしに慣れた私からすると、非常にシンプルで、無駄のない、けれども不足もない生活だった。
そして、余計なものがないからこそ、家族みんなで衣食住を共にし、濃い時間を過ごせたことは、私にとって一番の思い出であり、幸せな時間となった。
日本での生活は言うまでもなく、幸せであり、満たされたものであることは間違いない。
しかし、ブータンでの生活を経験してから、物や情報が溢れすぎているようにも感じる。
決してそれが悪いと言いたいのではなく、私には、物よりも家族や人との時間のほうが大切だったのである。
何回訪れても、「また帰って来たい」と思える場所。まさにここは私にとっての故郷なのだ。
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