top of page

幸せのありかを探して 第18回

  • 8月20日
  • 読了時間: 4分

ブータン王国の仏教に触れる旅 その2

川口真子


 前回、ブータン王国の中央に位置するブムタン県に注目したが、今回は、私が現在住んでいる西側のプナカ県を紹介したい。


 首都ティンプー県から峠を超えて、山を下ると、美しい田園風景と立派な川が眼下に広がる。プナカ県の入り口だ。標高は1,200~1,300mほどで、首都ティンプー県と比べると1,000m近く標高が低くなるため、夏はカラッとした気候が楽しめるし、米だけでなく、野菜や果物も豊かな土地だ。


 このプナカ県は、ブータン王国の最初の首都であり、また、初代国王の戴冠式や現国王の結婚式など王室行事が行われるだけでなく、かつて、17世紀に建国の父と呼ばれるチベットの高僧シャブドゥン・ンガワン・ナムゲルが、プナカ県にプナカ・ゾンを築き、各地を統一したことから、ブータン王国の建国に深い結びつきもある。そして、ブータン仏教の最高位である、大僧正ジェ・ケンポが冬の時期に過ごす場所でもあることから、仏教的にも非常に重要な地とされている。


 そんなプナカ県の入り口の田園風景の中にポツンとある丘の上に「Chimi Lhakhang(チミ・ラカン)」というお寺がある。このお寺には興味深い伝説があるため、今日は紹介したい。


(画面中央右上の小さな建物が「チミ・ラカン」)
(画面中央右上の小さな建物が「チミ・ラカン」)

 もともと、この丘には人々を苦しめる強大な悪霊が住んでいると信じられていた。その悪霊を調伏したのが、15世紀の高僧ドゥッパ・キンレーである。


 ドゥッパ・キンレーは、1455年に生まれた実在の僧侶で、「Divine Madman(聖なる狂僧)」や「ブータンの奇僧」とも呼ばれる人物だ。当時の僧侶らしい厳格な戒律や形式に縛られず、酒を飲み、歌を歌い、時には下ネタを交えながら人々に仏法を説いたことで知られている。その常識破りな振る舞いから誤解されることもあるが、ブータン王国では「人々の執着や固定観念を打ち砕き、悟りへ導くための方便だった」と語り継がれている。


 伝説によれば、ドゥッパ・キンレーはこの丘に住む悪霊と対峙し、自らの霊力によってその力を封じ込めた。そして、その場所に仏法の象徴となる寺院を建てるよう弟子に命じたという。その弟子であるンガワン・チョゲルという僧侶が1499年に建立したのが、現在のチミ・ラカンである。


(手前の黒いチョルテンの場所で「犬」の姿をした悪霊を調伏したと言われている)


 「チミ・ラカン」の「チミ」は「犬がいない」、「ラカン」は「寺」という意味で、この地にいた悪霊が犬の姿になっていたのを、ドゥッパ・キンレーが調伏したことから、この名前が付けられたと言われている。


 また、この寺院は「子宝の寺」としても広く知られている。その由来もまた、ドゥッパ・キンレーの伝説にある。彼は自身の男性器によって悪霊を退治したという逸話が残されており、それ以来、男性器は生命力や魔除け、豊穣の象徴と考えられるようになった。そのため、ブータンでは家の壁や軒先に色鮮やかな男性器の絵や木彫りが飾られていることが珍しくない。初めて訪れる外国人は驚くことが多いが、現地の人々にとっては、悪いものを遠ざけ、家族の幸せや子孫繁栄を願う縁起物なのである。



 現在でもチミ・ラカンには、子どもを授かりたいと願う夫婦が国内外から数多く訪れる。参拝者は僧侶から木製の法具で頭を軽く触れてもらい、祝福を受ける。実際に子どもを授かった人がお礼参りに訪れ、赤ちゃんを連れてくる姿も珍しくなく、このお寺で名前をもらう子どもも非常に多い。


 私も何度かこの寺院を訪れたが、田んぼの中を歩いて丘へ向かう時間はとても穏やかで、ブータン王国らしいのどかな風景が広がっている。一方で、お寺に一歩足を踏み入れると、空気がかわり、言葉には表せない不思議なパワーが充満しているように感じるのだ。


 チミ・ラカンは、単なる観光名所ではなく、ブータンの人々の価値観や信仰、そしてユーモアの精神を象徴する特別な場所なのだが、より多くの人々に知ってもらうため、今年からこのチミ・ラカンで「Fertility Festival」という新しいお祭りが開催されることになった。このお祭りでは、上記のお寺の由来を、ブータン人にも外国人にも分かりやすく劇で紹介してくれるだけでなく、ドゥッパ・キンレーについての紹介や、地元の工芸品、農産物などを学び、楽しむことができる、ユニークなお祭りである。


 

 プナカ県は、チミ・ラカンの他にも、城塞として建てられ、現在は政教の重要な拠点であるプナカ・ゾン、シャブドゥン・ンガワン・ナムゲルの居住地であったタロ・ゲンパ、国の邪気を払い、平和を守るために王家によって建設されたチョルテン(仏塔)など、見どころが満載である。また、のどかな田園風景の中で村の生活が体験できるファームステイも充実している。首都ティンプーからも近いので、滞在期間が短い人にも、ぜひ訪れてほしい場所だ。

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。

背景画像:「精霊の巌」彩蘭弥

© 2022 なぎさ created with Wix.com

bottom of page