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幸せのありかを探して 第10回

幸せの国と呼ばれたブータン王国の挑戦 その1


川口真子


「Gelephu Mindfulness City」



 2023年12月17日。ブータン王国に新しい風が吹いた。

 毎年行われるナショナルデーでの国王によるスピーチ。

 このスピーチ内では、王妃のご懐妊や※Gyalsung(ゲルスン)プログラムの施行など国にとって非常に重要な発表が行われるため、楽しみにしている人も多いが、昨年のスピーチでは、ブータン王国の将来を決める一大プロジェクトである『Gelephu Mindfulness City(ゲレフ マインドフルネス シティ』(以下GMC)の構想が発表された。

(※Gyalsungプログラム:18歳以上に課される総合訓練プログラム)


 開国してから、農業、水力発電、観光の3つ産業の柱として成長してきたブータン王国だが、2020年以来のコロナ禍、及び世界情勢の影響で、観光の柱が大きく揺らいでしまった。

 コロナ禍には、観光従事者をはじめ、収入が得られなくなってしまった国民のため、補助金制度や公共料金の減額など経済的な支援を行った一方で、国は経済的に厳しい状況に陥ってしまった。ただ、当時の国王や政権は、国の経済より国民の命の方が大切だ、という信念のもとに様々な政策をとっていたため、国民は経済的な圧迫感を感じることはなかった。


 しかし、コロナ禍以前から徐々に増加していた若者の海外流出がコロナ禍以降も顕著になり、国民も国の将来に少々不安をいだき始めたとき、国王から斬新なプロジェクトが発表されたのである。

 このGMCはいわば特別行政区である。

 ゲレフはインドと国境を接している南部の地域で、自然が豊かである一方、その立地から経済的にも発展できる可能性を秘めている。

 GMCのウェブサイトによると、「このマインドフルネス・シティは世界初となるユニークな特別行政区である。開発と成長が自然やマインドフルネスと調和し、共存する環境になる」とある。

近年よく聞かれる「マインドフルネス」という言葉は簡単に言うと、「ありのままを受け入れる力(を身につける)」といった感じだろうか。いかにもブータン王国らしい考え方だ。


 GMCの基盤となる4つの理念をみてみよう。

1.マインドフルネスとウェルビーイング

「マインドフルネス」の意味は上記したとおりだが、「ウェルビーイング」も日本語にすると、「幸福」や「健康」、「福祉」といった意味になるだろう。GMCは経済開発のためのプロジェクトではあるが、やはり最も大切なのは、人の心や才能を育むことであるようだ。


2.持続可能性と自然

ゲレフは国立公園や野生生物の保護区はもちろん、豊かな自然で溢れている。経済開発のために、これらの自然が破壊されることは許されない。そこで、GMCに取り入れられる建物や製品等は全て環境に配慮した、あるいは環境と共生できるものであるべきだ、と言われている。


3.知恵と価値

GMCは建築、地理、開発、そして政策において、3つのブータン独自の要素を中心に行われる。

その3つの要素とは、

1)カーボンネガティブ※国としての持続可能性

(※カーボンネガティブ:二酸化炭素の排出量が吸収量を下回っていること)

2)重要な指針としての国民総幸福(GNH)の維持

3)仏教哲学


4.革新と成長

GMCは心と経済の豊かさを促進するための革新的な政策の場となり、世界トップクラスの頭脳が集まる拠点になる。ビジネスの成長はもちろん、学術、国際交流、国際会議や文学や科学会の中心地となる。


 以上の4つの理念を元にこれからどのような場ができあがっていくのか、非常に楽しみである。


 

 このスピーチの前には、在留邦人が国王から直接、このような構想に至った経緯やビジョンをお話しいただく機会もあった。そこでは、ブータン王国の強みである、伝統やブータンらしさを残したまま成長するためのプロジェクトであること、様々な国の良い所を取り入れ、より一層ブータン王国の価値をあげたい、国民も、海外の人もみんなが魅力を感じる場所にしたい、という強い思いが伝わってきた。だからこそ、今国王は世界中を視察に回り、個人投資家を呼び込んでいるし、現在ブータン王国に在住の外国人もできる限り協力したいとの思いが強い。

 一部では、ブータン王国の自然や伝統を潰してしまうのではないか、貧富の差が開いてしまうのではないか、などの声も国内外から聞こえるが、国王はそのような声も承知のうえで、様々な手を打ちはじめている。

 考え方は人それぞれであると思うが、国を想い、国民を想い、常に第一線で動いている国王の姿は、とても感銘を受けるし、一国のリーダーのそのような姿から愛が感じられるのは、私は外国人として非常に羨ましく思う。


 今、ブータン王国は「国民総幸福」を目指した新たなステージに立っているように感じる。グローバル化が進み、幸福の価値が変わってきているからこそ、国としても大きな挑戦になることは間違いない。

 ブータン王国のユニークな政策にはいつも驚かされるとともに、新たな気付きをもらう。今回も、GMCの成長を見守っていきたい。



Gelephu Mindfulness City




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