島々の精神史 第19回
- 1 時間前
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遅刻して一番乗り
辻 信行
「京王線が遅刻して、新幹線に間に合わない。あなたたち、先に行って!」
絶望的なLINEがイ・ヒョンナン先生から入る。我々は東京駅で待ち合わせ、9時28分発の上越新幹線とき313号で、一路新潟駅を目指す予定であった。11時29分新潟駅着、11時35分新潟駅前発の新潟交通佐渡汽船線バスで新潟港へ移動、12時35分新潟港発の佐渡汽船フェリーおけさ丸で佐渡へ渡島するのである。
最初の新幹線に乗り遅れると、必然的に連絡バスに乗り遅れ、フェリーにも乗船できない。そうなると、すべての予定が狂う。なんとかできないものだろうか。次の瞬間、名案が閃いた。
高速船に乗ってもらえば良いのである。調べてみると、新潟港発13時35分発という高速船がある。これに乗船すれば、14時42分に両津港に到着する。我々のフェリーが両津港に到着するのは、15時05分。つまり高速船は、1時間早く出港するフェリーを途中で追い抜き、23分も早く両津港に到着するのである。「これで来てください!」ヒョンナン先生にLINEする。
そして14時10分。我々がフェリー後方の甲板に出ていると、遥か彼方に飛沫のような小さな点が見え始め、その飛沫はだんだんと大きくなっていき、みるみる間に我々の真横に並び、そのまま追い抜いていった。

それから55分後。我々が佐渡の両津港に到着すると、向こうで見知った顔の人物がにこやかに手を振っている。その人は言う。「遅れてゴメンね!」。なんということだろう。目的地に自分より早く着いた人から、遅刻したことを詫びられるとは。この奇想天外な出来事から、佐渡の旅は始まったのである。
「最初から高速船で行けば良かったじゃないか」と思われる向きもあるかもしれない。たしかに我々は車ごと渡島するわけではないので、もっともな指摘である。しかし、佐渡在住で北一輝フリークの劇作家、伊藤正福さんからこう言われたのである。「絶対にフェリーで来たほうがいいよ。高速船は旅情がないからね」。
本当に高速船に旅情がないかどうかは乗っていないので分からないが、たしかにフェリーには旅情らしきものがあった。カーペットの床に座ってミカンや団子を食べる乗客たち、誰も遊んでいないゲーセンコーナーの妖しい光、食堂で名物となっている香り高いえびそば、昭和感満載の手作りパンコーナー。こうした船内に身をゆだね、2時間30分かけてチンタラ航海するのも悪くない。
文豪・太宰治が佐渡へ渡島したのは、我々と同じ11月で、1940年のことであった。当時のおけさ丸は、2時間45分の航海である。なんと、いまと15分しか変わらない。太宰の旅行記は原稿用紙30枚の短篇であるものの、その中で太宰らしさが遺憾なく発揮されている。
いまはまだ、地獄の方角ばかりが、気にかかる。新潟まで行くのならば、佐渡へも立ち
寄ろう。立ち寄らなければならぬ。謂わば死に神の手招きに吸い寄せられるように、私は何の理由も無く、佐渡にひかれた。私は、たいへんおセンチなのかも知れない。死ぬほど淋しいところ。それが、よかった。お恥ずかしい事である。
――太宰治「佐渡」
太宰にとって、佐渡は地獄なのである。この後も、佐渡へ渡島する気を起こしたことをウジウジ後悔し、新潟を出港してたった1時間後に見えた島が一体なんであったかということに思い悩み、いざ佐渡に到着したと思ったら、それから先の一挙手一投足をいちいち自責し続けるのである。とても太宰らしいので、ファンにはたまらない旅行記だろう。
ところで、もし太宰が佐渡で以下のものを見ていたら、どんな反応を示しただろうか。



「淫祠邪教」を崇め奉る人々に絶望し、佐渡で入水を遂げたかもしれない。少なくとも、一刻も早く帰京したいという気持ちに拍車がかかったに違いない。
我々がなぜ佐渡で男根巡りをしたかと言えば、性器崇拝研究の深沢佳那子さんから「ぜひ見るように」とアドバイスされたからである。深沢さんは佐渡の「つぶろさし」と呼ばれる男根崇拝祭りのフィールドワークをするため、佐渡に2回渡島している。股間に長い男根をあてがったひょっとこが、ササラスリと呼ばれるおかめと、布で顔を隠している銭太鼓という女役とともに舞い、五穀豊穣を願う祭りである。
我々は祭りがないときに、巨大な男根が鎮座している2ヶ所を訪ねた。十上神社と東光院である。十上神社はひっそりとした竹林の先に本殿があり、そこで黒々とした長大な男根が横たわっている(上記写真1枚目)。男根の亀頭部分が囲炉裏の上にはみ出ており、このまま囲炉裏を使用すると、亀頭が炎であぶれてしまう。良いのだろうか?もっとも、全体がどす黒いので焦げたところで目立たないのかもしれないが…。
次に訪れた東光院については、あらかじめ深沢さんから注意を受けていた。鬼婆が出ると言うのである。奥の院の近隣に鬼婆が生息しているおり、奥の院へ近づく者を大変な剣幕で怒鳴りたて、阻止しようとする。少なくとも深沢さんが参拝したときは、そのような妨害を受けたのだと言う。しかし我々が行ったとき、鬼婆は現れなかった。そもそも奥の院は誰でも参拝することができるわけで、おそらくその鬼婆は、若い女性が現れると猛然とこれを立ち塞ぐのであろう。
さきほどの十上神社が閑散としていたのに対し、東光院は、ぽつぽつと参拝者がやってくる。我々のあとからやってきたのは今風の男子大学生5人組で、男根の群れをみて、「まぢかよ」とドン引きしているのが2人。「俺のはこれに似てる」などと言って盛り上がっているのが2人。全体の様子を静かに見守っているのが残り1人という構成であった。
これらの神社仏閣に鎮座している男根は、もともとの性器崇拝を基層にして現代に造形されたものであるが、そもそも性器崇拝には、五穀豊穣を願う要素が濃厚である。佐渡は田んぼが広がる島で、稲作が盛んだ。その中を、繁殖に成功したトキが悠々と飛び交っている。トキの近くには「佐渡トキ保護センター」のおじさんが専用のワゴン車でぴたりと横付けし、双眼鏡で熱心に観察している。一般人であっても、トキを観察するときは必ずエンジンを切った車の中から静かにするようにというルールがあり、これを守らないと保護センターの職員から大きな声で怒鳴られる。
それにしても、国の天然記念物であるトキをこうして間近で見ることができるとは思わなかった。しかし、田んぼで虫をついばんでいるトキを見て、ヒョンナン先生は言った。「あの動きは完全にニワトリと同じだね」。そうなのだ。天然記念物と言われれば、何かこう優雅に「食べても食べなくても、私は生きていけるんですよ」といった何くわぬ顔をして生きていそうなものであるが、目の前のトキたちはそうではない。早い話、せわしなくエサにがっついているただの鳥である。
それはさておき、今回の滞在の主目的は、朝鮮人の徴用工問題についての調査であった。詳しくは別の機会に譲ることとするが、一言だけ言っておくと、徴用工問題についてもっともまとまった展示がされている相川郷土博物館の展示内容でさえ、質・量ともに十分であるとは言い難い。
また、伊藤さんの案内でリニューアル改装中の北一輝の生家に行ったが、ここはオープン後に改めて訪ねたい思っている。北一輝ファンは全国に一定数おり、その人々にとって佐渡は聖地である。全国からやってくる北一輝ファンとの交流を、「佐渡のアラーキー」こと伊藤さんは心から楽しんでいるようだ。


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