魚仏誕生—アジアの祈りを描く旅 第25回
- 5月27日
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彩蘭弥
タラ号に憧れて
2026年4月、タラ号が8年ぶりに日本へやってきた。
タラ号とは、フランスのタラ オセアン財団が運営する科学探査船である。ファッションブランド、アニエスベーの支援のもと、20年以上にわたり世界中の海を航海し続けてきたスクーナー船だ。
私は、この船に長年憧れ続けてきた。
タラ号は、気候変動、海洋汚染、サンゴの白化現象など、海で起きているさまざまな問題を科学の力で解き明かし、その現実を世界へ伝えている。これまでに航行した距離は54万キロ以上。12万種を超える新種の発見や、2億もの海洋遺伝子の解明など、驚くべき成果を残してきた。プランクトンの解析、マイクロプラスチックの調査など、南極から北極まで、あらゆる海を舞台に国際的な研究が進められている。
そして、タラ号の大きな特徴は、科学者だけでなく、アーティストやジャーナリストも乗船することだ。科学とアートが交わることで、海の現実と魅力を、より多くの人へ届けていく。そこに、私は強く惹かれてきた。タラ号の活動は本当に魅力的なので、詳しくはぜひ公式ホームページをご覧いただきたい。
これまで私は、タラ オセアン財団日本事務局の活動にも関わってきた。香川県・粟島では、タラ号ポスターコンクールで優秀な作品を描いた子どもたちと一緒にビーチクリーンを行い、拾ったプラスチックから作品を作るワークショップを開催した。また日常でも、できるだけプラスチック製品を使わないように、マイボトルを持ち歩くなど、できることから環境への配慮をするようになった。
私は、この船にアーティストとして乗ることを目指してきた。全力で応募したが、結果は不合格。夢は叶わなかった。落選通知を受け取り、がっくりと肩を落としていた頃、タラ オセアン財団日本事務局の方から連絡をいただいた。タラ号が東京に停泊している2週間のあいだ、ボランティアガイドとして働かないか、という提案だった。私は二つ返事で了承した。望んでいた形とは少し違うけれど、タラ号で働くことができるのだ。
期待で胸を膨らませながら、私は日の出埠頭へと向かった。桟橋の向こうに、幾度となく写真で見てきたタラ号の姿が見えた。憧れのスターに、初めて会いに行くような気持ちだ。全長36メートル、幅10メートル、帆の高さ27メートル。文字通り世界中を航海する船としては、想像よりも小柄に感じられた。
いよいよ、初めてタラ号に足を踏み入れる。感動に浸る間もなく、タラ号の乗船見学ツアーに申し込んだゲストの方々が次々と乗船してきた。私にとっても初めてのタラ号。けれど、ゲストの皆さまにはそんなことは関係ない。タラ号のガイドである印のスカーフを首に巻き、内心ドキドキしながらも、胸を張って説明を始めた。もともと長年のファンだったこともあり、タラ オセアン財団の出版物で読んできた内容は、自然と頭に残っている。思いのほか、言葉はスラスラと口をついて出てきた。
昼食は船内でいただく。ほんのひととき、船員になれたようで嬉しかった。船乗り兼コックさんが作るフランス料理は、健康的で創作力に富み、そして本当においしかった。スイカときゅうりのサラダ、ほうれん草のキッシュ、貝殻型のパスタ・コンキリエetc…。そして食後のデザートとコーヒーも欠かさない。これは航海の最中も変わらないという。船員の方々やガイドの仲間たちと食卓を囲みながら、飛び交うフランス語に、何とか必死で食らいつこうと耳を澄ませた。ゆーらゆーらと揺れる船内で食事をしたあの時間は、得難い経験だった。
アニエスベーの関係者をはじめ、船に関わる人、海に関わる人、ファッションに関わる人、そして子供たち。本当に多くの人がタラ号に関心を寄せ、情報を聞きつけて乗船見学に申し込んでいるのだと、改めて実感した。
空き時間には、甲板でスケッチもした。ここが東京湾ではなく、太平洋のど真ん中だったら――。そんなふうに想像してみる。その日の東京は4月にもかかわらず夏日で日差しも強く、このまま赤道を目指して出航できそうな気がした。
タラ号を通じて、たくさんの方々と知り合うことができた。語学を始めるきっかけにもなった。海への理解も、以前よりずっと深まった。だから、やってきたことは無駄ではなかったのだと思う。そしてまた、何年先になるかは分からないけれど、もし再び募集がかかることがあれば、ぜひ挑戦したい。海の問題は、遠い世界の話ではない。自分の手で触れて、考えて、伝えることができるものだ。
いつかこのタラ号に乗り、フランスをはじめ、世界中の科学者たちとともに、海の現実とその美しさを、アートとして発信していきたい。
それまで私は、今の自分にできることを続けていく。
挑戦は、まだ終わっていない。




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