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魚仏誕生—アジアの祈りを描く旅 第27回

3 日前
読了時間: 6分

彩蘭弥 

相馬野馬追② ― いざ合戦!


 福島県相馬地方に約1000年もの間受け継がれてきた「相馬野馬追」。 

 前編では、甲冑姿の騎馬武者たちが田園を駆け、法螺貝の音とともに軍勢が集結していく、祭り初日の「出陣」を追った。そこに現れたのは、わずか19歳の若き総大将。さらに、この土地に今も息づく「殿様と人々」のつながりにも触れることになった。まだ前編を読んでいない方は、ぜひそちらから。 

そして今回は、いよいよ相馬野馬追最大の見せ場となる二日目へ。騎馬武者たちが、勇猛果敢に駆け巡る。 

 

 まだ薄暗い午前5時、地元の農家さんの車に乗せていただき、宿を後にする。群青色の鏡面のような田んぼが、車窓の両側に続いている。到着したのは、大滝さんという方のご自宅である。この家は長く野馬追に出陣されてきた名家であり、大滝さん自身も副軍師を務めておられる。普段は乗馬の先生として、この地域の高校生などに馬術を教えているそうだ。相馬地方では、野馬追に出陣するために今も馬術が欠かせない。こうして受け継がれているのだな、と感心する。ご親族にも競走馬の育成をされている方がおり、馬に縁のある一族らしい。 

 ご自宅には大きな馬小屋があり、何頭かの馬がいた。そのうち二頭は、赤やオレンジの美しい馬具や装飾品を身にまとい、出陣の時を静かに待っている。 

 馬小屋の横にある練習場には、電気屋や飲食店など、脈絡のない店の“のぼり”が立てられている。野馬追ではどの騎馬も旗指物(はたさしもの)という旗を鎧の背中に差し込んでおり、そのはためく音や存在に馬を慣れさせるためのものなのだそうだ。 

 7時半頃、パカラ、パカラという音とともに、突然、武者姿の男が真っ黒い馬に乗って陣屋にやって来た。 

 「某、〇〇と申す者! 副軍師殿にお取り次ぎ願いたい!」 

 取次役の武者が副軍師に許可を取る。 

 「うむ、通せ」 

 副軍師が応えると、男はその前に進み出る。 

 「大滝副軍師におかれましては、此度の御出陣、恐悦至極に存じ奉ります!」 

 と、こう野太い声で口上が述べられる。 

 このように5、6騎が挨拶に来ただろうか。彼らを従え、ついに副軍師が陣屋を出発した。向かったのは、なんと近所のスーパー「FRESCO」の駐車場である。ここには20〜30騎ほどの馬と武者が集まっていた。薄霧がかかったような曇天の下、駐車場には馬のいななきと、出陣前の武者たちのピリピリとたぎる空気が充満していた。戦国時代に、今まさに合戦へ向かおうとしている武者たちが、いきなり現代へテレポーテーションさせられて来たような異様さが、そこにはあった。 

「大滝副軍師! 只今、フレスコ陣にご到着!!」 

 先ほど陣屋へ挨拶に来て、副軍師に付き従っていた者が声を上げる。その口から突然横文字が飛び出したので、思わず吹き出してしまった。 

 さて、この陣のトップを迎えた彼らは、一路、出陣前の御行列に加わるべく出発していった。このように各地から集まった総勢400騎の大軍は、午前9時半頃、法螺貝と太鼓と花火の音とともに、約3キロ先の本陣・雲雀ヶ原祭場地(ひばりがおかさいじょうち)へと向かうのである。 

 行列には、馴染みのあるスリムなサラブレッドから、ばんえい競馬に出走する“ばん馬”のような超重量級の馬まで、実にさまざまな種類、毛色の馬が出陣していた。騎乗している武者たちの多くは元服後の成人男性だが、女性や子どもの武者も時折見受けられた。人気ゲーム「ウマ娘 プリティーダービー」のモデルとなった馬も出陣しており、アイドルのような扱いを受けていた。 

 絢爛豪華な馬具や甲冑、旗指物も興味深い。家紋や馬の絵は分かるが、ゲジゲジやアリ、エビが描かれているものなどもあり、目が離せない。先祖伝来の甲冑に身を固めて出陣する様は、「動く文化財展」とでも言えよう。私たち一般客は、騎馬武者たちの前を横切らないように、また彼らより高い場所に立たないように気をつけながら、その様子を見守った。 

 

 ついに、最も盛り上がる「甲冑競馬」と「神旗争奪戦」が行われる雲雀ヶ原祭場地へやって来た。 

 14万3000人の観客が一堂に会し、中央の合戦場を見守る。会場はすり鉢状の広大な芝生の祭場で、中央には競馬場と同じような砂のトラックがあり、その内側には芝が広がっている。若き総大将・相馬賀胤(そうま よりたね)氏が鬨の声を上げ、戦の火蓋が切られた。 

 まずは「甲冑競馬(かっちゅうけいば)」だ。 

 正午、法螺貝と太鼓が鳴った瞬間、5騎の若武者が一斉に飛び出した。白鉢巻を締め、先祖伝来の旗指物を激しくはためかせながら、人馬一体となって疾風のごとく駆け抜けていく。馬蹄の響き、その勇壮な姿たるや! ほんの数秒で目の前を通り過ぎる。こちらの心拍数は一気に跳ね上がった。 

 実際に、あまりの勢いに武者が落馬し、放馬して興奮した馬が列を外れ、観客席に乱入する事件も起きた。怪我人も出たので、こちらも本気でドキドキしながら観覧しなければならない。 

 

 次に行われるのは「神旗争奪戦(しんきそうだつせん)」だ。 

 午後1時頃、400騎もの騎馬武者が雲雀ヶ原祭場地の中央に集まった。法螺貝の音が鳴り、場内は一瞬、静まり返る。 

 突如、ドンッ! という音とともに、色のない花火が打ち上がった。上空約150メートルに達した花火の中に、何やら小さく、布のようなものが見える。そう、この布こそ「御神旗」と呼ばれるもの。これを武者たちは、騎乗したまま鞭を振りかざして奪い合うのだ。祭場地一面に広がっていた騎馬が、一斉に一カ所へ駆け出す。馬と馬がぶつかる様は、見ていて本当にハラハラする。 

まさに戦国絵巻。うんうん、教科書や博物館で、こういう屏風絵を見たことがあるよね!という感じである。 

 見事、御神旗を取った騎馬には、勝った者だけが走ることのできる“ウィニングロード”がある。そこを駆け上がり、皆の祝福を受けるのだ。時代が時代なら、 

 「敵将の首、打ち取ったりー!」 

 といったところであろうか。この御神旗を打ち上げる花火は、全部で16発。神旗争奪戦は16回行われた。 

 

 私が見たのは、ここまでだ。翌日には、「野馬懸(のまかけ)」という、逃げ回る裸馬を人が素手で捕まえ、神社の境内に追い込むという、最も古い形を残す神事があるのだが、スケジュールの関係上、そこまで滞在することはできなかった。いつか三日間を通して見て、1000年続く相馬野馬追をもっと体感してみたいと考えている。 

 余談だが、帰り道。 

 本陣の最寄り駅である原ノ町駅に着くと、駅員さんたちが皆、陣羽織の半被を着て乗客を誘導していた。 先ほどまで、猛々しいゴリゴリの武者たちを見ていたため、優しそうな駅員さんたちの、ひょろっとした“なんちゃって武者姿”を見て、私もやっと肩の力を抜くことができた。 

 臨時特急・東京行き「相馬野馬追号」。これは戦国時代から令和に戻るタイムマシン。 

 お殿様、またお目にかかれるその日まで―― 

 「然らば、これにて御免つかまつる!」 





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背景画像:「精霊の巌」彩蘭弥

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