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奥歯からオペラが聞こえる 第7回


中村昇


形あるものは恥ずかしい



 三浦雅士は、『身体の零度』の冒頭で、つぎのように書いている。


 身体について、はじめに襲われるのは、恥ずかしさの感情だ。だが、なぜ人は自分の身体を恥ずかしいと感じるのか。身体は自分のものであって自分のものではない。誰も自分の身体を選べはしないのである。気づいたときにはすでに、その身体のもとにあったのである。にもかかわらず、人は、まるでそれが自分の最大の過失ででもあるかのように、自分の身体を恥ずかしいと思う。(『身体の零度』講談社選書メチエ、1994年、1頁)


 とにかく小さい頃から、何もかもが恥ずかしかった。他人の前で食事をしたり、ものを飲んだりするのがうまくできない。自分の「みだらな」食欲を他人にさらすなんてとんでもない。特に意識している相手でもないのに難しい。立って歩く姿も、見られるのは嫌だ。自分自身で見ることができない自分の姿を、他人にさらすのは耐えがたい。予想もつかないことが、起こっているにちがいないからだ。


 さらに、何といっても笑い顔を他人に見せるのが、もっとも苦手だった。自分の感情をすべて他人に見せるなんて。しかも、その表情が、どんな印象を相手に与えているかどうかも不確かだ。笑顔になっているのかどうかも、わかったものではない。そう考えると、表情も、身体もうまくコントロールできなくなる。小さい頃から中学生くらいまでは、かなり大変だった。「自然さ」や「自然な動き・表情」を習得するのが、人一倍遅かったと言えるだろう。他の人も、同じようなものなのかもしれないけれど。


 いまは、表情や身体的な動きは、気にならなくなった。だが、他人に対して真面目な話をするのが、ものすごく恥ずかしい。照れくさくて、笑ってしまう。仕事が仕事だけに致命的な欠陥なのだが、どうにか今までしのいできた。真面目な話をしていると、何をやっているんだろうと、自分自身を客観視して、たえられなくなってしまう。だから授業中でも、よけいなギャグやシュールなネタをいれて、とにかくすべりつづける。


 他人の前で、哲学の真面目な話を長時間するなんて、「まともな人間」には無理だと思っている。授業を受ける学生にとっては、とんでもなく迷惑な話だが、こればっかりは、しょうがない。どちらが、「まとも」かは、皆さんの判断にゆだねるしかないだろう。だから、漫画家の蛭子能収さんが、厳粛な葬儀の場で、どうしても笑ってしまうと、何かに書いていたときには、すごくその気持ちがわかった。蛭子さんは、私の規準では、しごく「まともな人」なのである。


 三浦もいうように、「自分の身体」は、もちろん「自分のもの」ではない。自分自身で創ったわけでも、選んだわけでもない。ところが、それを、いつのまにか「自分」として生きていかなければならない。気づいた(ものごころつく)ときには、いつのまにか、それが「自分」になっている。そしてその「自分」は、恒常的に他人にさらされる。この理不尽さもふくめて、ただただ「恥ずかしい」と思うのである。


 さて、土方巽は、舞踏をするには、脚は短ければ短いほどいい、それに、「がに股」でなければならないとも言っていた。日本人の伝統的な体型や佇まいや動きを重視し、そこから暗黒舞踏を創りあげようとしていたのだ。われわれが「恥ずかしい」と思う自分の体型を、さらに強調して、それを武器にしようとしていた。これは、どういうことか。


 1968年の『肉体の叛乱』の動画を見ると、髭面で長髪の土方は、艶やかなドレスをまとい、その洋装を徹底して揶揄するような踊りを披露している。うなじを顕わにし、大きな花弁を肩口につけ、きらびやかな美しいドレスを自在にはためかせながら、異様な表情で踊り続ける髭面の男。どんな動きにも、どんな踊りにも分類できないような舞踏をつづけていく。あの映像を見るとき、なるほど、誰もが認めるような「美しさ」というのは、とてつもなく「恥ずかしい」ことなのだな、と腑に落ちるのだ。


 『肉体の叛乱』で土方が揶揄する「美しさ」には、多くの前提が隠されている。男女という区別を基盤に据え、女性の身体、女性の動きをもとにして「女性の美しさ」というカテゴリーをつくる。さらに、西洋の(おそらく)垂直方向への志向を背景に、「ヨーロッパ的な美」という枠組を創りあげる。これらは、もちろん歴史的に、局所的に、つまり恣意的に形成されてきたものにすぎない。ただ普遍的な顔をしているだけ。


 たとえば、ファッションショーにおけるモデルの歩き方や西洋起源のバレエの動きなどが、それらの枠組の例として考えられるだろう。「誰もが」憧れる姿勢や動き。そして土方は、これらの既成の「伝統的な美」を破壊する。たまたまつくられた「美」の無意識への瀰漫(びまん)を、この舞踏で、こなごなに砕いていると言っていいだろう。


 「美」には、決まった型や動きなどなく、すべては、われわれの先入見、思いこみによってできあがったものに過ぎない。もし、それが「美」というイデアであったとしても、そんなものにしたがう必要はない。イデア的なものを勝手にしつらえる暴力を(ニーチェとともに)、大仰な衣装と奇妙な動きによって、木っ端微塵にしてしまうのだ。これが、『肉体の叛乱』の土方巽の踊りの意図の一つだったに違いない。


 しかし、土方の射程は、もっと遠く深い。何かの折に、「踊っているときに消えることもできるのですよ」と土方は言った。もちろん、世界を一瞬のうちに止めることができる土方なので、舞踏の技術上のことを言っていたのだろうが、いま考えると、この言葉は、暗黒舞踏の一つの方向性をも物語っていたのかも知れない。


 古今亭志ん朝師匠の「化け物使い」という噺のなかで、女性ののっぺらぼうに対して、主人が「なまじ目鼻がついてるんで、苦労している女は、いくらでもいるんだよ」というところがあるが、たしかにわれわれは、目鼻がついているので、いろいろ苦労をする。


 つまり、われわれの身体や表情には、「形」があり、その「形」が、人さまざまであり、そのことによって、多くの事柄が生じるというわけだ。「形」があることによって、おのずと「違い」が生まれる。もし、われわれに「形」がなく、全人類が、無色透明な気体のような存在だったらどうだろう。多くの問題は、雲散霧消するだろう。


 他人との違いに悩むこともなく、容姿の変化や表情の翳りなどに一喜一憂することもない。身体がなくなれば、あらゆる違いはなくなり、他人の目も、自分の感覚もなくなり、「違い」をもとにした美醜や大小などの価値づけそのものもなくなるだろう。


 土方が、若い男性の舞踏手を、スキンヘッド眉無しで、全員白塗りにして、舞台に並べるのは、このような「形」そのもの、そして「形による違い」を消す方向性に沿ったものだったと言えるのではないか。人間の形(身体)を消すことは不可能なので、とりあえず身体の違いや表情だけは消して、同じ<もの>に見える「ただの物体」にする。


 そして、既成のわかりやすい動きではない動きをつづければ、そこには、あらゆるカテゴリーを超えた状態を創りあげることができるかもしれない。「形」を消滅させる方向、すべてを消す舞踏へと向かうことができるのかもしれないだろう。


 土方がよくいっていた「わけがわからないけどすごいと思わせなければならない」というのは、このことと深くかかわっているに違いない。「わけがわかるもの」で満ちみちているこの世界に、異界をつくるというわけだ。「わけがわかる」というのは、われわれの既成の形で認識することができることなのだから。


 どんな枠組にもどんな先入見にもかかわりのない<もの>や<こと>を現出させること。そして、最終的には、「まったく形の無いもの」を創ること。それは、むろん不可能だとしても、これこそ、暗黒舞踏の目指していたことの一つだったのではないか。


 あまりにも真面目に書きすぎて、とてつもなく恥ずかしくなったので、どうでもいい金沢舞踏館にまつわる思い出を最後に一つ。1980年2月27日も、金沢舞踏館で合宿をしていた。ところが、この日は、アントニオ猪木とウイリー・ウイリアムスの異種格闘技戦のある日だった。中学の頃から格闘技が好きで(小学校の時のプロレス好きからは卒業していた)、極真会館の大山倍達に手紙を書き直筆の返事をもらったくらいだったので、このときは、極真のウイリー・ウイリアムスを絶対に応援しなければと思っていた。


 ところが、もちろん金沢舞踏館には、テレビなどというものはない。どうしても見たかったので、金沢舞踏館の隣の家に昼間行き、夜、放送を見せてくれるように、かけあった。快諾してくれた(?)隣家の居間で、夜、異様な3人の暗黒舞踏野郎が、猪木とウイリーの戦いを興奮して観戦したのだった。当時の金沢舞踏館の隣家の方には、本当に感謝している。嫌な顔一つせず、テレビを見せてくれたのだから。

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