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神話と性器 第2回

  • 深沢佳那子
  • 2 日前
  • 読了時間: 8分

神の神聖性を享受するホト


深沢佳那子 


 本連載では日本神話に何度も登場する「ホト」という言葉の意図を探り、古事記中巻におけるホトの意義を再検討する。前回、古事記中巻・神武記の丹塗矢伝承に描かれたホトについて、その神話的意図を探るべく山城国風土記の丹塗矢伝承との比較を行った。「ホト」という言葉に着目して両説話を読み解いていくと、神武記丹塗矢伝承における「ホトを突きき」という描写はあとから出現したものである可能性が高いことが確認できた。ホトによる性交が記されたその意味を探るべく、今回も引き続き神武記丹塗矢伝承の周辺にある類似の説話との比較検討をおこなっていく。

 

 二: 『神武記』丹塗矢伝承とその他の始祖伝承との比較

 『本朝月令』に採録された「秦氏本系帳」にも、風土記の賀茂氏丹塗矢伝承とともに秦氏の丹塗矢伝承が載せられている。


初め秦氏女子、葛野河に出でて、衣裳を辞濯きし時に、一の矢有りて上流より下りき。女子取りて還り来、戸の上に刺し置く。是に、女子、夫無くして妊む。既にして男子を生む。父母恠しみて、責め問ふ。愛に、女子答へて日はく、「知らず」といふ。再三詰め問ひ、日月を経ると雖も、遂に「知らず」と云ふ。父母以語へらく、「然あれども、夫無くして子を生む理無し。我家に往来する近親眷属、隣里の郷党の中に、共の夫在るべし」とおもふ。 基に因りて、大費を弁備えて、諸人を招き集め、彼の児をして面を執らしむ。祖父母命云ひたまはく、「父と思はむ人に献るべし」といひたまふ。時に、此の児、衆人を指さずして、仰ぎ観、行きて戸の上の矢を指す。即便ち、雷公と為りて、屋の棟を折り破りて、天に升りて去にたまふ。故、鴨上社を別雷神と号け、鴨下社を御都神と号く。戸の上の矢は松尾大明神、是なり。


 これは秦氏の始祖伝承となっているが、話型は風土記のものと相似している。両説話の類似に関して肥後和男氏は「どちらか一方が先にできたものとは言えない」としており、関係性については不明な点が多い[1]。ただし矢による婚姻を強調し説明する「夫無くして妊む」という言葉が見られ、またそれを訝しむ父母の描写も加えられており、明らかに説話として風土記のものよりも完成度が高くなっていると言える。

 

 また『年中行事秘抄』四月賀茂祭の条(賀茂旧記)には、風土記のものに近い伝承が載せられている。ここでは丹塗矢ではなく「箭」となっているが、丹塗矢伝承の話型が見られる。


旧記に云く。御祖多々須玉依媛命、始めて川上に遊し時、美しき箭流れ来りて身に依る有り。即ち之を取りて床下に挿す。夜、美男になりて到る。既に化身たると知る。遂に男子を生む。其の父を知らず。是において其の父を知らむが為に、乃ち宇気比酒を造り、子をして杯酒を持ちて父に供せしむ。此の子、酒盃を持ちて天雲に振り上げて云く、吾は天神の御子なり、と。乃ち天に上る。時に御祖神等、恋慕哀思す。夜、天神の御子を夢みるに云く、各々吾に逢はむとすれば、天羽衣・天羽裳を造り、火を炬き鉾を祭りて待て。又、走馬を餝り、奥山の賢木を取り、阿礼を立て、種々の糸色を悉せ。又、葵楓の蘰を造り、厳飾して待て。吾、将に来たらむ、と。 御祖神、即ち夢の教へに随ふ。彼の神の祭りに走馬併びに葵蘰.楓蘰を用ゐしむこと、此の縁なり。之に因り、山本に坐す天神の御子を、別雷神と稱ふ。


 この「賀茂旧記」について肥後和男氏は風土記より古い伝承であることを示唆したが、義江明子氏によってそれは否定された[2]義江氏は「『風土記』にただ〝丹塗矢を床の辺に挿し置き〟とあるものが、ここでは「床下に挿す。夜、美男に化りて到る。既に化身たると知る」という、より合理的な説明になっている」として、風土記のものが古いとしている。新しい説話が複雑且つ合理的なものになっていくというのは周知の通りであり、これは義江氏の見解が正しいだろう。

 

 ここで紹介した二説話は叙述の上で風土記のものより丁寧な描写が見られ、説話が詳細化し内容が合理的になっていることが確認できる。秦氏本系帳と賀茂旧記は「矢を挿しただけで孕む」という特殊な現象をそれぞれ〈夫がいないのに孕むという怪異〉〈矢が美男に化身〉という物語的解釈を加えて処理していることがうかがえる。神武記のような、ある種無粋ともいえるホトによる性交は起きていない。そしてこれらの説話はすべて始祖伝承として機能し、風土記丹塗矢伝承と同じく矢の正体が神であると語ることに重点を置く。雷神が丹塗矢の姿で出現することについては、倉野憲司氏が「赤色は火の色で雷神の表徴」[3]と指摘したように、表象的なイメージとの関わりが大きく、いずれも物語として不整合がない。

 

 一方、古事記丹塗矢伝承では最初にオホモノヌシであると語ることから始祖伝承としての機能は薄れていると言える。川上順子氏は異類婚姻譚について「異類の子孫の特異性・超越性を語るのが異類婚の原型であり、始祖伝承が異類婚の本来の形であったと考えられる。異類である結婚相手は俗世に留らず、他界へ帰って行くというパターンは共通のものである」と説明された[4]。始祖伝承の形式をとらず、またオホモノヌシが三輪山へ帰ることが明記されていない神武記丹塗矢伝承は、話形の面からも本来的な異類婚姻譚とはいいがたく、やはり風土記の丹塗矢伝承から影響を受けたことが想像される。前回述べたように、青木周平氏は神武記丹塗矢伝承を「氏族伝承レベルのものではなく」、「丹塗矢伝承を用いて神武天皇の后、イスケヨリヒメを〈神の子〉と位置付けたのは、おそらく神武記編者のなせるわざであり、神武天皇の聖婚に直結する操作であった」として「成書化を契機とした伝承の結合」であるとした。つまり、本来イスケヨリヒメの立后説話には含まれていなかった丹塗矢伝承を古事記の成書化時に取り入れ、利用したものだという。この説話が風土記丹塗矢伝承を基盤にイスケヨリヒメの出自を保証するものとして書かれていることに関しては議論の余地はない。したがって同じ丹塗矢伝承という話形であっても、神の御子出生を語る神武記と始祖伝承である風土記・秦氏本系帳・賀茂旧記では、その物語を語る目的が異なっているといえる。

 

 また、神武記と風土記その他の丹塗矢伝承に見られる差異はこれだけではない。風土記の丹塗矢伝承では一貫してその主体は玉依日賣である。つまり「(丹塗矢を)乃ち取りて、床の邊に插し置き、遂に孕みて男子を生みき」は全てヒメの行為として記される。賀茂旧記、秦氏本系帳に関しても主体はヒメである。一方、神武記の丹塗矢伝承ではその大半がオホモノヌシを主体として語られているのである。すなわち、風土記丹塗矢伝承と共通する要素である「乃ち其の矢を將ち來て、床の邊に置けば」のみがセヤダタラヒメの自主的な行動であり、その他の「美和之大物主神、見感でて、其の美人の大便爲れる時、丹塗矢に化りて、其の大便爲れる溝より流れ下りて、其の美人の富登を突きき」「忽ちに麗しき壯夫に成りて、卽ち其の美人を娶して」という物語の大部分はオホモノヌシがとった行動として描かれている。つまり、この説話における主体は風土記と打って変わりオホモノヌシなのである。そしてオホモノヌシが主体であることによって、神武記は「ヒメが神に選ばれる」物語であると読み手に印象付けることに成功しているのだ。セヤダタラヒメが大物主に選ばれ、神の御子であるイスケヨリヒメが神武天皇に選ばれるという物語は、ほかの始祖伝承としての丹塗矢伝承とは性質を異にしているといえよう。神武記では神と神に選ばれる人間の女の関係性が強く描き出されているのである。

 

 神武記のイスケヨリヒメ立后説話は、いわば初代天皇による模範的な結婚を示した婚姻譚だ。ここで神に選ばれた女性の子であるイスケヨリヒメとの婚姻を書くことが、本譚の目的である。そこに始祖伝承の丹塗矢伝承で確認することができず、あとから生じたと思われる「ホトを突きき」の記述があるということは、つまりこれが天皇の后としての資格を持つ〈神の御子〉としての出自にふさわしいものであると考えられていたからに他ならない。

 

 東由美子氏は神話における「クソ」についての研究書である『クソマルの神話学』の中で、ヒメがクソマルときは神との婚姻の成功に繋がると説かれた[5]。その代表的なものが本稿で扱った神武丹塗矢伝承である。まさしくここではヒメのクソマリのあとに婚姻が成立し、イスケヨリヒメが神の子として誕生する。クソマリはヒメがホトを露出するための理由であり、神たる丹塗矢に突かれることに直結する。

 

 そしてここにおけるホトの役割とは、まさしく生殖器として神と性交を果たすことである。丹塗矢たるオホモノヌシが主体性を持ってホトを突くのは、その神の神聖性を女が享受し、その神聖性を持つ子を宿すことを目的としているのだ。言い換えれば、セヤダタラヒメのホトは「神の神聖性を享受する」ために描かれたものであるといえる。オホモノヌシが主体となり、ヒメが選ばれ、そのホトは神の神聖性を享受し、御子を孕む。神との婚姻を導くクソマリによってホトが神の神聖性を享受するという物語の構成は、まさに神の御子の誕生を語るにふさわしいものなのである。

 

 以上、神武記の丹塗矢伝承に登場するホトは「神の神聖性を享受する」ものとして意図的に挿入されたものである可能性を提示した。次回は更にホトが神の神聖性を享受する例を確認すべく、応神記の天之日矛説話に登場するホトについて検討していく。

 

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