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わたしのなぎさ 第1回

  • 三枝菜美子
  • 2022年5月21日
  • 読了時間: 4分

プロローグ


三枝菜美子




 うりづんの季節。草木や土が水分をたくさん蓄えて、その緑の間を風が通り抜けている。香りにつられてマスクを外すと、クチナシの白い花だった。薄灰色の雲が空一面に広がっている。4月の沖縄。波の音が聞こえる。ザバーンザバーンと繰り返している。ここがなぎさか。


 自分が立つ「なぎさ」を見つめ文章にしたいとプロフィールに書いた。なぎさが、何かと何かの境界と見なされているのだとすれば、今の私の関心事は、自分の考え方と、それとは異なる考え方を持つ人や社会との境界だ。執筆の機会をいただくことで、そのような関心事に向き合えるかもしれないと思った。その狭間に立って、何を考えているのか言葉にしたい。そこに立てば、自分と違う相手への言葉の渡し方が見えてくるかもしれない。異質なものが同居する社会に、自分の足で立つよう誰かが小さな声で私に言う。だから、ペンを取ってみようと思う。


 2008年、大学への進学をきっかけに横浜を離れここに来た。テレビCMで見たような青い海とのどかな土地、そこでの大学生活に憧れを抱いてやって来た。教科書の2ページ分位に沖縄のことが書いてあった。でも18歳の私は、日本の捨て石となった戦争のことも軍用機の騒音も知らずにここに来た。

 

 大学は小さくて、学生や教授、職員の声が届く距離感だった。教職課程のある学科に所属していたが、好きな授業は障がいをもって生きる人が話す授業だった。脳性麻痺を抱える人、聴覚障がいをもつ人の話、心と体の性が異なる人がゆっくり静かに話す日もあった。家族やパートナー、サポートしている人が話す日もあった。人の話を聞く時間だったけれど、自分の内面に目が向けられる時間でもあった。これまで言葉にしてこなかった自分の中の恥ずかしい部分や本音に近い部分に目が向いていった。知人や友人の言葉に耳を傾けていると、その人が感じてきた疎外感や苦しみは社会のマジョリティーの人々の感覚の鈍さみたいなものと繋がっているような気がした。また、自分を表現できる緩やかな安心感のある場はどのようにできていくのかということにも関心を持ち始めた。


 夜間中学との出会いもその頃だった。戦中・戦後の混乱で学校に通えなかった人たちが、おばぁ、おじぃの年齢になり学校に通っていた。日本語の授業では物語や詩を読み、習った平仮名や漢字で文章を書いていた。辞書と虫眼鏡を手に、ノートに字を写していた。数学の授業では分数の計算が難しそうだった。難しい、と微笑みながら勉強していた。音楽の授業では「芭蕉布」を歌っていた。昼間(初等・中等・高等部)の生徒が作った、オリジナルソングを笑顔で体を揺らしながら合唱していた。「あんた教えるのうまいねぇ、良い先生になるよー」とティッシュにくるんだサーターアンダギーをよくもらった。スープやトマト缶の裏の英語が読めるようになりたいと言っていた方は夜間中学を卒業し、県立の定時制高校に進学した。私はサポーターとして関わっていた。休むことも多かったが通い続けたのは、私にとって心が緩むような時間であったことと、この場所に興味があったからだと思う。そこは珊瑚舎スコーレという学校だった。学習発表会や入学・卒業を祝う会には、昼間の生徒の姿もあった。授業を、思索と表現と交流の場として位置づけており、完成形が用意されているわけではない学校の中身を、授業を、自分自身を、一緒につくり続けよう!と呼びかけている。初等部・中等部・高等部(現在は高等専修学校になっている)・夜間中学校がある。


 私は現在、結塾J&Sという学習塾のスタッフをしているのだが、珊瑚舎スコーレがその母体となっている。この学習塾は沖縄県の委託を受けて運営しており、国が算出した子どもの貧困率への対応策として予算が付けられている。2012年に日本の子どもの約6人に1人が相対的貧困状態にあることが公表され、沖縄県内ではその状況への対策が行われていった。また2016年に沖縄県独自の調査結果が出され、全国の約2倍の貧困率であることが公表された。結塾は、経済的に困難な状況にある家庭の児童生徒を対象とし、学習支援を通して学力・学習意欲の向上、また人間関係の育成を図ることを主な目的としている。国や県が掲げるこの目的とともに、事業を実施するにあたって、珊瑚舎スコーレが県へ要望したことがいくつかある。家庭の経済状況で子どもたちを分けるのではなく、通いたい児童生徒が通える場にしたいということ、またテストのための勉強だけではなく、アートや音楽、言葉の授業、フィールドワークなど、児童や生徒が自分の頭や体や心を動かして考え、成長していけるような時間を取り入れていきたいということ。現在は県内で6教室を運営しており、小学1年生から高校生までの児童生徒が通っている。

 

 ここで働き早10年が過ぎた。生徒や保護者、講師やスタッフと関わり、授業や学校、貧困について考えることが多い。連載の2回目からはそれらを切り口に自分が立つ「なぎさ」を文章にしていきたい。


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背景画像:「精霊の巌」彩蘭弥

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